20話 逆光




《―————―—宣告する》

無機質で

何の感情も持たない

機械じみた音声

それは繭の中に融けたローズブレインの、いや"彼に求められた機能"の声だった。

《人間を剪定する終末兵器。善悪演算装置ZEXON。私はここに完成した。これより、救済を始める》

一同は黒い空を見上げる。

そこには”終わりの象徴”が現界していた。







O,oooooooo――————————————

それはまさしく咆哮だった。

暗黒の空に浮かんだ、蒼い光をまとう繭から放たれる響音。

その声と共に繭から蒼い旋光が放たれた。それは一同を通り抜け都市全土にまで至った。

光が通り過ぎた残り風に、グロウルの髪があおられる。グロウルはそれを掻き分ける事もせず、荒れた髪をそのままに無邪気に笑った。

「わあ!すごい!なんだ案外いけるじゃないか。体はもう吹き飛んだかな?人格も消し飛んだかな?まあ機能を果たせればそれで良いよね」

「ったく軽率に段取り狂わせんじゃねえぜ!ブレインだけじゃ抑えきれねえんだぞ!」

グロウルの背後でアルバが肩をすくめた。グロウルは振り向くとぱたぱたと手を振った。

「大丈夫さあ!僕もすぐ父さんのとこに行く。調律、しなきゃなんでしょ?…わかってるよ、それが僕の役割。でもさ、ほら、見なよ!少しの間なら保ってくれそうじゃないか。いいでしょ?心配しなくても最後にはアルバの欲しいものは返してあげるからさ!」

ころころと笑う様子にアルバはため息をついた。

「仕方ねえやつだな…。遊び足りねえのか」

「うん」

「まあ、確かに。どのみち殺さなきゃならん、反乱分子は早めに潰しておくに限るわな」

アルバは振り返る。

そこにはシラヌイ、ルチア、エリヤが居た。

それぞれは武器を構えアルバ達を睨んでいた。

エリヤは苦しげに口を開く。

「"剪定"は、既に始まったというわけですか」

「ああそうだ」

アルバは冷たく答える。そしてグロウルはアルバの腕に寄りかかると、その言葉に続けるようにして言った。

「今この都市全土で、”抗う間も無く””心は刈り取られている”。

今ここに残ったの君たちだけが”例外”。この都市にとって不純物がここまで残ってしまった。だから綺麗にしなくちゃね」

「そんな…」

(間に合わなかった…)

眩暈がする。ルチアは体の芯が冷えていくのを感じた。

「させるものか」

その声にはっと顔を上げる。見れば、ぐらり、体をふらつかせながらもシラヌイは立っていた。

「シラヌイ…!」

血を多く失い、その体は限界に近かった。

口に溜まった血を吐く。

浅い息を繰り返しながら、暗んだ瞳でシラヌイは刀を構えた。

「否定する。こんなことをブレインは望まない。”アレ”を破壊」

「するの?それって勝手じゃない?」

一瞬、シラヌイの思考が停止した。

暗んだ瞳が揺れる。

「ねえ、オリジナル」

甘美な声が聞こえた。

気がつけばグロウルはシラヌイの目の前に立っていた。

「…ずっと誰かの為に生きてきたローズブレイン元帥。その結末はこうさ。その誰かに体を殺され、正真正銘の装置にされたんだ」

はっとエリヤはシラヌイに声をかける。

「シラヌイ!聞いてはいけません!」

だがシラヌイにその声は聞こえない。

グロウルは続けて囁く。

「ああなんて可哀想なローズブレイン元帥。さあ、ここで考えてごらんよ…。その彼の一番近くにいたのは誰?」

「…そ、れは」

「その君が否定するんだ?


ブレインのヘルプも聞こえないふり、そしてまたブレインを捨てて。


何度裏切れば気が住むの?


君のそれはブレインの為じゃない。君自身のため。


おかしくなったブレインの姿を見ていられなくて、苦しいから」


シラヌイの思考が鈍っていく。

彼の白く細い指がシラヌイの頬を這う。

呼吸を忘れ、その蒼い瞳に縛られる。

グロウルはカッと目を見開いたかと思うと、怒りを露にその声を大にして叫んだ。


「君が楽になりたいから!!後悔から逃げるためにブレインを殺したいんだ!!」


その時。

グロウルの髪が触手のように伸びるのをルチアは見た。

「シラヌイッ!避け―———―—」

が、シラヌイは動かなかった。

グロウルの髪の触手は凄まじい勢いでシラヌイの胸を貫いた。

「制御解除<リミットアウト>」

蒼い旋光が髪の触手を伝い、シラヌイに流れ込む。

そしてグロウルはシラヌイの頭を掴むとそっとその唇に口づけた。

シラヌイは押し寄せる何かに目を見開いた。

「っ—————————」


その瞬間。

ぞわり、とシラヌイの金色の瞳が侵食される。

瞬く間に金色は蒼く染まった。


ドォン!

「なっ、あ!?」

それは凄まじい気圧。シラヌイを中心に巻き起こった衝撃波にルチアは吹き飛ばされた。エリヤはすぐさまその背を支える。

「何が…起こったの…?」

「シラヌイに何をした…?」

エリヤの問いかけにグロウルは答える。

「ちょっと脳をいじってあげたんだよ」

「何…?」

「人間っていうのはさあ、体と心を無意識のうちにセーブする。限界を超えると壊れてしまうからね。だからラルゴやシャルルの様に、シラヌイもちょっといじくってその制御を外してあげたんだ」

「なんですって…?」

ルチアとエリヤは驚愕する。グロウルは続けた。

「IFエネルギーで錬成された体は人よりも細胞の活動速度が早い。そして僕はそれを促進させた。ということは今頃シラヌイの体中の細胞は暴れ出し!破壊と再生が加速度的に繰り返されているだろうね!!」

「—————————」

シラヌイに視線が集まる。

彼は衝撃波の渦の中で声を殺して叫んでいた。

目は見開かれ爛々と蒼く揺らぎ、その体からは血が弾け、肉が裂けるたびに再生していく。

ルチアは初めて見るシラヌイの苦悶の表情に息を飲んだ。

その様子にグロウルは満足そうに笑った。

「どう?怖いでしょ。やばいよね!さあ、これでもう抗うすべはなくなったね」

「そ、んな、シラヌイ………」

(ここまで、きたのに)


空は一面の夜闇。

月に代わり、天上に佇むのは脈動する蒼い歪な繭。

一体どれほどの都市の人間の心が刈り取られたのか。

依然として、その屋上庭園は煌々と蒼く照らされていた。

体が、冷え切っていくのを感じた。


爆風に髪を暴れさせながらグロウルは口を開く。

「どうせ僕らは取り残されて、何も掴めず、何者にもなれないんだ」

その目は淀んで、その声色は冷たい。

「どうせ何も手に入らないなら!感じる心、全部はぎ取ったって何も変わらない!みんながみんな一人ぼっちになってしまえば!そうしたらお揃い、寂しくない!そうだろ!!」

返事はない。一同は呆然としていた。

グロウルはシラヌイを一瞥するとその横を通り過ぎた。

「君たちはもう要らない。消えて」

それは明確な殺意。

グロウルは髪の触手を振り回し、床を破壊し、抉りながらルチアとエリヤに歩み寄ってくる。

ルチアは呆然と膝をついた。その目の前が陰る。見ればエリヤが庇うようにして毅然と前に立ちはだかっていた。彼はルチアに視線を合わせると、まるで大丈夫とでも言うように微笑んだ。

「どうして、笑えるんですか?」

ルチアは問う。エリヤは沈黙した。

「怖くないんですか?」

その言葉にエリヤは少し瞼を伏せて笑顔を崩した。

それは彼の初めて見る顔。

恐怖、不安、悲壮。

エリヤは一瞬、表情を歪めて言った。

「倒れるわけにはいきません。ここまで引き上げてくれた、友人たちの祈りを、私たちは背負っている」

「…!」

「ふふ。それに、まだ、貴方がいるじゃないですか!」

ばさり、エリヤはジャケットを脱ぎ捨てる。それは風に攫われ夜闇に消える。

その手には二丁拳銃が握られていた。

「ま、待ってエリヤ…っ!」

ルチアがそう叫んだ時、エリヤは毅然と前を向くと床を蹴って前進した。

「なっ」

目前に現れたエリヤにグロウルは目を見開く。エリヤは不敵な笑みをした。

「その長い髪、操るのには距離が必要ですね?ならば接敵してしまえばいいッ!」

ドン!

超至近距離から放たれる銃弾———ではなく、それは打撃だった。

エリヤは瞬間的に拳銃を持ち替えると、まるでトンファーのようにしてそれぞれを顎と鳩尾に叩きこんだ。

「これが!我々の意地ですッ!!」

同時にくる重い打撃。

グロウルはその衝撃に表情を歪ませる。

「かはッ。~~ッぐ、雑魚の、くせに」

息を整える間もなく、グロウルはエリヤから離れるべく床を蹴る。

「どうも。丁度いい射程だ」

そうして少し間合いが開いた時、エリヤは再び拳銃を回して今度は銃弾を撃ち放った。

「うっとおしいんだ、よ!!」

蒼い髪は瞬く間に変形する。それは次弾を拒むように盾の如くグロウルを包んだ。が、火花が散ることはない。それは空砲だった。

(——————今)

額に冷汗が流れる。なりふり構わずエリヤは叫んだ。

「ルチア!シラヌイをッ!」

「———え」

一瞬の逡巡、ルチアは息をのむとシラヌイの元へ駆け出した。

すぐさまグロウルは髪を開放する。憤怒に塗れた表情が露になる。彼は怒りを露に叫んだ。

「させ、ないよおッ!!!!!」

蒼い触手が駆けるルチアに伸びる、がそれはエリヤの銃弾に弾かれる。カッとグロウルはエリヤに視線を向ける。怒気に溢れた瞳、その髪が怒りに浮上した。

「そんなに死にたいなら。先に君を殺してあげるよッ!」

グロウルの視線がエリヤを突き刺す。その瞬間、蒼い髪はエリヤに飛び掛かりその首に巻き付き拘束した。

「か、は」

足が浮く。締め付けられる喉、酸素が薄れて行く。

「ッ」

エリヤは霞む視界でグロウルを見、口の端を釣り上げて笑った。

エリヤの口が何事かをつぶやく。

「随分とお優しい事だ。私程度を、殺すなんて造作もないはず。

————怖いんですか?」

ピキリとグロウルの額に青筋が走る。そして冷たく呟いた。

「死んで」

グロウルはもう一束髪を操る、それは鋭く尖り、エリヤに勢いよく迫った。

(私には、時間稼ぎしか出来ない)

「ルチア、頼み、ましたよ」

迫りくる凶刃。エリヤは静かに瞼を閉じた。

「—————ッはあああ!!」

ドン!

その瞬間、エリヤは強い衝撃により髪の拘束を外れ横一直線になぎ飛ばされた。

「ッ」

それはアルバによる回し蹴りだった。

エリヤは勢いよく床を擦りながら、塔から落下する寸前まで転がった。

押し寄せるように空気が肺に満たされる。軽い過呼吸を感じながらエリヤはアルバを見上げた。

「アルバ…!」

(やはり貴方は)

「助けて、くれたのですね」

そう言ったエリヤに影が差す。振りかざされるのはアルバの足。

「え?」

その時、エリヤの腕に衝撃が走った。勢いよくその手から二丁拳銃が蹴り飛ばされた。

エリヤは目を丸くしてアルバを見上げた。

アルバはエリヤに目もくれず、愕然とするグロウルに叫ぶ。

「構うな!ルチアを止めろ!」

はっとグロウルは我に返る。そうして慌てて後方を振り向いた。

「う。うん!」

が、時すでに遅く。

ルチアは衝撃波に煽られながらもシラヌイの傍に辿り着いていた。

「しまっ————」











「シラヌイ…」

ルチアは衝撃波に耐えながら一歩足を踏み出す。今にも吹き飛ばされそうだった。

シラヌイに手を伸ばす。その手が震えた。

(エリヤがくれた一瞬。無駄にはできない)

目の前が真っ暗になる。

(でも、どうしたらいいんだろう)

唇が震えた。

(大事な、友達すら、守れないのに?)

ずっと傍で応援してくれたエミリーはもういない。

懐かしい記憶。

それは既に爆発と共に消え去った。

(こんな時になって、また誰かに助けてもらおうとしてる)

雫が落ちた。

私、あの時シラヌイに何て言った?


———私、これでも結構成長したんですよ!


(嘘、何も変わってなんかない)

「ふふ、こんなに弱かったんだなあ」

無力感にルチアの瞳から涙が溢れだす。笑いすら零れる。

愕然と伸ばした手は、虚しくも空を切った。


————はずの手が誰かに掴まれる。

はっとルチアは顔を上げた。

「え?」

涙に滲んだ視界。

目の前にはシラヌイが立っていた。

彼は降ろされた手を拾うように掴んでいた。

シラヌイは苦痛に表情を歪めていた。そして全身から、口から、その瞳から血を流して

それでも尚、優しく微笑んでいた。

「自分を、嫌ってやるな」

「シラ、ヌイ」

一瞬、瞳が金色に輝いたかと思った。が、すぐに瞳は蒼に閉ざされる。

「ZEXONを———破壊する」

そうしてシラヌイは床を蹴り飛翔した。

「ッ!」

爆風が舞う。

床に巨大なクレーターを残し、シラヌイは真っすぐに空に浮かぶ蒼い繭——ZEXONの下へ飛びあがった。

ルチアは思わず膝をつく、そしてその様子を呆然と見つめた。




ゆらり、グロウルは足をもつれさせながらも空を見上げる。

月を覆う蒼い繭。そこへ上ってゆくシラヌイ。グロウルは叫んだ。

「駄目。それは、駄目だ。あの状態で戦ったら本当に壊れる。それはだめだ!だめなんだ!!」

グロウルの髪が蒼く閃光し、髪が揺れる。ビキリ、頬に走った亀裂は深さを増した。

「そうか。そうか!きみは、彼と一緒に、終わるつもりだね…?」

ふわりとグロウルの足が浮く。グロウルは顔を抑えうめき声を上げた。

「だめだ、だめだよそれは。ソレはさあ、僕の父さんなんだよ。

独り占めなんて酷いじゃないか。そんな酷い君は、もう、いらないな。兄弟なんて…もういい、そうだ、そうだよ!!君を壊せば父さんの最高傑作は僕になる。そうすれば、父さんは今度こそ愛してくれる!」

弾けんばかりの笑顔。グロウルは歪んだ笑みで高らかに笑った。

「あはっ、あはははははははははははは!!!

どうして気づかなかったんだろ。簡単な事だったんだ。何もいらないんだ。他のもの全部壊して、僕が最高になってしまえばよかったんだ!!いいね。殺そう。今すぐ殺そう。もうどうでもいい。バケモノはバケモノらしく!むき出しの力を振るおう!!

そして、勝つのは—————この僕だ」


それは強烈な爆風。

グロウルは弾けるように空に上昇した。目指すはシラヌイ。

空に衝撃波が発生する。

「——」


黒く蒼い空で、二人は衝突した。












何度十字を切ったかわからない。

全ての苦しむ人を救えたら、それはなんてすばらしい事か。

そう思って軍医となって。

見てきたものは”救いきれない”という現実だった。

自身の手からすり抜けて行く命を見送るたび

戦場へ向かう背中を見送るたびに

自分がとても、ちっぽけなものに思えた。





エリヤは痺れる体を起こす。が、叶わない。

先の戦闘でもう体は使い物にならなかった。

(あの一瞬でこれか。昔よりはマシになったと思ったんだが)

目の前にはアルバが立っていた。

「…これが、お前の望んだ結果なのですか」

「望んだも何も、選んだのはお前らだろうに。逆らうから、こうなる」

アルバの瞳は凍てついていた。

少しの間。

静かに、絞り出すようにアルバは口を開いた。

「シラヌイはもう、駄目だ。グロウルが勝つ。そうなればあとは放心するグロウルを窯にぶち込む。そこではじめてZEXONは自律するだろう。そのあとは簡単。あいつのつくる理想の平穏がこの都市を覆う」

淡々とした口ぶりだった。

アルバは事実を述べていた。

「大人しく絶望してくれエリヤ」

「それが、できる人間だと思いますか…?」

エリヤは控えめに、自嘲気味に微笑む。アルバは唇を噛んだ。

「お前はいいなあ。そんな綺麗事が吐けてよ」

「…アルバ?」

激情が、アルバの中にせり上がった。

それはもう押しとどめることなど不可能で。

「…欺瞞、傲慢だ!そうした偉そうなことが吐けるのは、選ぶことが出来る人間だけなんだよ!!」

乾いた笑いが響く。

息をのむエリヤをよそに、アルバは心底おかしいといった風に額に手を当てた。

「違うんだわ、そもそも見えてる世界が」

抱いてきたそれは、劣等感か、怒りか、それとも羨望か。

アルバには解らない、解りたくはなかった。

「生き残るには。誰かを食い殺してでも、のし上がらなきゃ、なんないんだ」

アルバは乱暴に自分の頭を掻きむしる。そして再び顔を顕わにした時、その表情は背筋が凍るほど何も映していなかった。

「ガキが路上で転がってたって誰も何も施さないし。

人のモノを奪えば罰が来る。

金がなけりゃ仲間を売った。

汚ねえ路地裏で色んな事を学んだよ。どれもそれも、されたし、やった。そうするしかなかった」

ぽつり、ぽつりといつかの誰かの記憶を辿る。

諦めたような瞳が、エリヤの胸を抉った。

「そうだ、あれもこれも、皆自分で手いっぱいだからだ。自分の事は、自分で守るしかねえのさ!負ければ反逆、勝てば革命になる世界だ!!だから、俺は今度こそ勝ってみせる。勝たなきゃ、意味がない」

アルバは目を細めると、ゆったりと両手を広げた。

「なあエリヤ。教えてくれよ、いつもみたいに。お前たちの言う希望てえの?ンなもんどこにあるんだ?」

エリヤは顔を上げる。

黒い夜空。そこにまるで自身が月だとでも言うように煌々と君臨する蒼い繭。

今も都市中の心が刈り取られている。

その繭の目前では二つの光が螺旋を描きながら衝突していた。

遥か天上で繰り広げられるそれは———まさしく絶望であった。


「怜悧狡猾、路地裏の負け犬。腐った根性が、こびりついて剥がれやしねえ。だから俺は、…こうするしかねえのさ」

アルバはエリヤに背を向ける。そして空を見上げながら言った。

「レジスタンスは反逆軍として殺される。…はずだった。だがお前達は生かされる。”そういう約束をした”」

「え…?」

「それが、俺がブレインに下った理由」

ガキン、アルバは拳を突き合せる。

そうして蒼い光を背に振り向いた。それは暗く、ゆるぎない決意。

逆光の中、エリヤを刺す眼光は鋭かった。

「ブレインに従わないのなら。…俺が従わせる。クジョーは、…守れなかった。でも」



「————これ以上”誰も死なせない”。これが俺のブレインに求めた、等価交換だ!!」



エリヤは目を見開いた。

唇がわなわなと震えた。

「勝手な、ことを…」

エリヤは震える膝を立て、立ち上がる。

体が痛みを訴えたが、無視した。

視線が、交差した。


「こんな事で生かされてッ俺が認めるわけがないだろう!!!」


エリヤは血を吐き、叫んだ。それは心からの叫びだった。

言葉を求めるようにエリヤはアルバの胸ぐらを掴み引き寄せる。

「答えろよアルバ!これがお前の望みなのか、お前の意思なのかッ!!」

「生まれも育ちも価値観も違う。解ってないのはお前だぜエリヤ。俺たちは交わらない」

アルバは引かない。

息もかかるかという距離でアルバはエリヤに詰め寄る。

「死ぬのは痛え、苦しくて、恐ろしくて仕方ない!!昨日まで笑ってたやつが冷たくなって転がってんだ!!たまんねえだろ。だったら、生きてた方がずっといい!それに心を抜かれちまえば劣等感も無力感も罪悪感もみんな消える!!苦しむ心は無くなる!そんで生きて、笑えるんだぜ?幸福だろうが!!!」

「そんな事が、幸せであるはずがない。多くの犠牲で救われて、俺達が幸福であるわけがない。そんなことは」


「いけないことか?大切なやつを守りたいと願う事は」


エリヤは息をのんだ。

「な」

「他人なんて、どうでもよかった。でも、お前たちと出会って、どうでも、よくなくなっちまったんだ」

その目は真っすぐだった。

アルバの胸ぐらを掴む手が緩む。

「もう…優しい奴が傷つく姿は見たくないんだわ」

苦しさに胸が詰まる。

(お前は、そこまで…)

エリヤは言葉を失った。


アルバは静かに拳を握り、ゆっくり、ゆっくりとそれは振りかざす。

「次目覚めればさ、新しい朝を迎えンだ。もう、頑張らなくて良いんだぜ!」



エリヤは自身の視界が滲んでいることに気が付かない。

その胸は、行き場のない怒りと、虚しさに支配されていた。

「お前は、不器用だな」

エリヤはそう言うと、弱弱しい力でアルバの胸を叩いた。


(これで、俺も、お前も最後だ)

(叶わないと解っていながら。都合のいい、夢を見る)

(それって、スッゲー、つらいよな)

アルバは、歯を見せて笑った。




———ごめんな、エリヤ!

そう小さく呟くと、アルバは拳を振り下ろした。






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