1話 人類剪定計画
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数多のチューブに繋がれた青年。彼は目覚めを待っていた。
地下、地中の誰もいない冷たい部屋。モニターの光だけが灯る暗い場所で。
いつかの約束を果たすために。
◇
暗室。
少女とも、少年ともつかない。"それ"は閉ざされた部屋から空を見上げる。
窓の外では夜鷹が鳴いていた。冷たい月光がそれを照らす。
「お父様、ついに始めるんだね。”私”どうしたらいいのかな」
それは俯く。さら、と翠色の髪が肩から落ちた。
「いいや、どうにもできないんだ。そうだよね、お父様」
一人呟く”それ”は静かに瞳を閉じた。
冷気が肌を刺す。
”それ”は静かに、”運命”を待っていた。
◇
———ヴァンガード本部内、中庭
「ルーチアっ!」
「うわあ!」
少女が石畳を走る。制服をまとった訓練生。彼女は同じ制服の少女に駆け寄った。
勢いよく飛びつかれた衝撃で、ルチアと呼ばれた金髪の少女はよろめいた。
「びっくりした~エミリーか、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、みんなから聞いたんだからね!」
「え?」
ルチアは首をかしげる。エミリーはにんまりと笑い、続けた。
「ヴァンガード試験合格おめでと~~~~!」
ぱんぱかぱーんと言わんばかりのはじける笑顔。エミリーはくるくるとルチアの周りと回って、彼女を祝った。しかし当の本人はきょとんとしていた。
「なんのこと?」
「どえ——————!まだ現実を受け止めきれてないのかッ、ルチア!夢じゃない、夢じゃないよ!げんじつなの!」
「今日はいい天気だね」
「帰って来なさーい!…いい?ルチア!」
むぎゅう。エミリーはルチアの頬を両手で包む。そして真剣な顔で言った。
「あんたがずう———っと憧れてきた、騎士様にやっとなれるっての」
「…!」
エミリーは優しく微笑む。
「一番近くで見てきた私だからわかる。ずっと頑張ってきた、ルチアの努力が実ったってことっ!訓練生、卒業だね」
一瞬の沈黙。
じわ、とルチアの瞳に涙が浮かんだ。これまでの、訓練生として過ごした日々が脳裏に駆け巡った。
どれも一歩周りに届かない。
何が得意なのかも見つけられない。
苦しくて、痛くて、でも憧れは捨てられなくて。
エミリーは両手を離し、ルチアから少し離れる。そしてびしっと敬礼をしてみせた。
「おめでとうございます!ヴァンガードはこの国の誉れ!この都市国家ヘルジャイルをどうぞお守りくださいッ!サー・ブレイン!父の誇りにかけて!」
「…っ」
熱い思いが胸をこみ上げる。思わず涙が零れた。ルチアはさっとそれを拭った。
願いは叶った。弱い自分とはサヨナラしよう。
ルチアはキッと口を結ぶと、エミリーと同じく敬礼をした。
「はい、ルチア=ロックハート!騎士としてこの都市のために戦うと、ここに誓います!」
二人は笑いあった。
(ありがとうエミリー。貴方が居てくれてよかった)
二人の間を風が吹き抜ける。
エミリーは少し寂しそうな顔を―——した気がした。
「エミリー?」
「ううん、何でもない」
その時。ゴーン、ゴーンと時計塔の鐘の音が鳴り響いた。
「お、もうこんな時間かあ」
のんきに伸びをするエミリーをよそに、その音を耳にした途端、ルチアの表情はざあ、と青ざめた。
どうしたの?とエミリーはルチアをのぞき込む。
ルチアはわなわなと、震える口を開いた。
「ヴァンガードの集会が、あったんだった」
「ええ~~~~~~~~~!?!?!?!??」
中庭にエミリーの叫び声がこだまする。その声に鳥たちはバサバサと飛び散っていった。
あわあわと手を無造作に動かした後、エミリーはルチアに詰め寄った。ルチアもまた涙をにじませてその手を取る。先程まできりりと寄せていた眉はハの字になっていた。
「ま、まだ始まったとこだよね?今すぐ行って、はやく!」
「うあああ、初日からこんなッ、怒られる、怒られるうう!」
「い、いいから早くいって!忘れ物は?」
「ない」
「じゃあよし!はい、いってらっしゃい!」
「いいい、いってきま—す!」
ばびゅん。慌ただしく中庭を後にするルチア。館内に入ろうとした時、ルチアは振り返った。
「エミリー!」
その声にエミリーは振り向く。ルチアは笑っていた。
「いままでずっと…ありがと。これからもよろしくね!」
そういうとルチアは館内に姿を消した。一人残されたエミリーはぽかんと突っ立っている。
涼やかな風が、エミリーの頬を撫でた。
「なによ、いっちょまえに…。いつのまにか立派になっちゃって」
「…ふふ、私も頑張るぞ~!」
エミリーはぐ!とガッツポーズをした。思わず笑みが零れる。
「ほんと、世話のかかる子なんだから…」
(でも、馬鹿みたいに真っすぐな所が、好きだよ)
「へぶしっ、外も肌寒くなってきたな~。そろそろ寮に帰るか…」
エミリーは足を踏み出した。外気とはうらはらにぽかぽかとした気持ちを抱いて。
しかしその時。彼女の時は止まる。
「え?」
花々は散り、鳥は落ちる。
辺りは爆風に包まれた。
◇
———ヴァンガード本部内、礼拝堂
(ああ、演説もうはじまってるよ~!)
ルチアはこっそりと礼拝堂の重い扉を開ける。切らした息を整えようと深呼吸した。
中は清浄な空気が漂い、歴史を感じる天井のステンドグラスが、日の光を堂内に注いでいた。ルチアは整列している騎士の後ろから檀上をのぞく。
騎士たちの視線の先、檀上では老齢の男———クラウン司祭が仰々しく演説をしていた。
「ヴァンガード諸君!この新興都市の新世代の守護者にして、民人の騎士達よ!かつてこの地は闘争に塗れていた、それは皆周知であろう」
クラウン司祭は語る。この都市ヘルジャイル誕生の歴史を。
「しかし、その戦いの時代は終わった。かのローズブレイン元帥によって!」
(ローズブレイン元帥…)
「四半世紀前、全ての父なる元帥がもたらした革命。それはこの地に流れる超エネルギー、通称インフィニティフォースの発見から始まった。今や全ての動力源IFエネルギーとなったこの力は、永く続いた戦争を収束させ、たった5年…たった5年で荒廃した大地を再生させた!そしてその10年後、我らの”都市国家ヘルジャイル”が創立したのである!」
クラウン司祭の言葉に騎士たちは耳を傾ける。それぞれの思いを胸に抱いて。ルチアもまたそうだった。
(ローズブレイン元帥。ヴァンガードだけじゃない、このヘルジャイルに住む民はみんな知っている。あの方がいなければこの地は荒野になっていた。まさしく”救世主”だ。みんなの憧れ…そして、この私もあの方を目指して騎士になったんだ。あの方のような、万民を救う、騎士になるために!)
「ローズブレイン元帥はこの都市の民に繁栄と、完璧たる安寧をもたらしてくれた!これぞ”全ての父”たる所以。
騎士達よ、我らヴァンガードはその意思を継ぐもの。元帥がもたらした偉業、創設したこの地を未来へ繋ぐもの!」
騎士たちは背を正す。礼拝堂内の空気が熱気に満ちた。
今は亡きかの”救世主”に誓った。民を救うと。その意思を胸に騎士は一斉に檀上を見上げた。
それに応えるよう、クラウン司祭は右手を掲げた。
「続け!その心に剣を!」
「「かの魂に祝杯を!」」
騎士たちは息を吸い、口を揃えて叫んだ。
「「サー・ブレイン!ヘルジャイルに栄光あれ—————!!」」
その時だった。
脳髄も揺れるような、激しい爆発音が礼拝堂を覆ったのは。
「なんだ!?」「どうした」「今の爆発は一体」
ざわめく騎士たち。爆発源は檀上。立ち込める土煙の中、前列に並んでいた騎士が悲鳴を上げた。
「クラウン司祭!」
ルチアは慌てて騎士の波をかき分け前列まで走った。そしてその光景を目にする。
そこには頭から真っ二つに切り裂かれたクラウン司祭の無残な死体があった。
「きゃああ!!」
悲鳴が聞こえる。後ろの騎士は悲鳴をあげへたり込んでいた。それを引き金に騎士たちは我先にと礼拝堂から逃げ出した。
「逃げろ」「ここにいてはいけない」「のけ!俺が先だ!」
司祭の無残な姿に礼拝堂は混沌に染まる。しかしその礼拝堂の扉は閉ざされていた。
「ま、待ってよ、みんな」
呆然とするルチア。その顔色は青ざめ、足は動かなかった。そのルチアを突き飛ばし騎士は逃げ惑う。
「おいお前!何をぼうっと突っ立っているんだ!邪魔だ———」
言葉が途切れる。血飛沫があがった。真っ赤に染まった騎士は揺らめき、ルチアの足元に倒れた。
倒れた騎士の背から現れたのは真っ赤な返り血に浴びた別の騎士だった。
「え?」
見れば、他にも何人か立ち尽くしている騎士がいる。その騎士が虚ろな瞳でそれぞれの武器を構えた。
騎士達は言う。
「選別は下された。これより不適合者の殲滅を開始する」
その瞬間、騎士は逃げ惑う騎士たちに襲い掛かった。
逃げる騎士
追う騎士
制服は血に染まり、神聖な礼拝堂は赤黒く汚れて行く
信じられない光景にルチアはその場に崩れ落ちた。
「ヴァンガードが、ヴァンガードを殺して…」
(どうして)
「私たちは志を同じくした、仲間じゃないですか。どうしてこんな」
一人の騎士がルチアを見た。その目は虚ろに、手の中には赤く染まった剣。
ゆらり、と騎士はにじり寄る。
「い、いや。こないで」
標準も定まらない銃口を向ける。だがルチアの指は引き金を引くことはなかった。
「こないでください。いや、いやああ———!」
そこに声が聞こえた。
血濡れの騎士の動きが止まる。声のもとにルチアは振り返った。
逆光で顔はまだ見えない。が、そこには男が立っていた。
(助けて…くれた…?)
生き残っている騎士が静かに口を開いた。
「あれは…誰だ貴様は———」
「うるっせえクソ雑魚!誰に口きいてやがんだ、ああ”!?」
檀上に立つ男の背後から桃色の髪の小柄な少女が飛び出し、騎士の言葉を遮る。
ぐしゃり。
少女の手には大槌。口を開いた騎士は瞬く間に少女の大槌に薙ぎ払われ、ゴムのように壁に叩きつけられ、そして沈黙した。
男の背後からまた一人姿を現す。それは髪の長い妖艶な女性だった。
女性は頬に手を当て、困ったようにため息をついた。その手には長いキュースティックが握られている。
「はあ、いけませんわ…シャルル。少し言葉が…」
「んだよ文句あんのか?」
「ひっ」
彼女たちの会話に男は声をあげて笑った。そして冷たい声で言う。
「はは、そう噛みつくな。…私は吠える犬が嫌いだ。わかるね、シャルル」
ゾッとする声色。とたん、桃色の髪をした少女は青ざめて萎縮した。
「ああ!わかってる、わかってるさ!」
「では話の続きといこう」
男が壇上からこちらに向き直る。そこではいまだ騎士たちは殺しあっていた。男は顎に手を当て唸るような仕草をした。
「少しうるさいな」
男がそういった瞬間、虚ろな瞳をした騎士の動きが止まる。男はその様子を一瞥し、さも当然であるように微笑む。
「いい子だ。ではまずは自己紹介をしなくてはね。こっちのかわいい子犬はシャルル、その隣の聡明な彼女がラルゴだ。そして私だが」
コツ、男は一歩前に出る。
「詳細は省こう、この国の人間であれば皆知っているだろうからね」
その声色は重く、その重圧に体は竦んだ。
男に視線が集まり、空気が凍り付く。
天上から降り注ぐ光。顔を隠していたその影が晴れてゆく。
騎士達は息をのみ、檀上を見上げた。
そして男は口を開いた。
「私こそ、この都市国家ヘルジャイルの創立者。全ての父———ローズブレイン元帥である」
ルチアは目を見開く。だが見間違えようもない。目の前の人物は教本に記されていたローズブレイン、その人であった。
目の虚ろな騎士は相変わらず動かない。意識のある騎士は皆同様に動揺し、礼拝堂内をざわつかせた。
「どうしたのかな騎士達よ。そう、愕然として。私の顔に何かついてるかね?いや、はは…顔なんて半分もとっくの昔に失っていたか。ははは、これは失礼」
騎士達は騒然とする。目の前の、あり得るはずのない光景に。
「生きていたのか…!?」「いやヘルジャイル創立直前に事故で死んだはず…!」「ローズブレイン…?あの…元帥が!?」
ローズブレインは小さく笑い飛ばす。そして続けた。
「事故死…確かに、そういうことになっていた。しかし真実は違う。私はここにいる。
感謝するよ、君たちは私に教えてくれた。私は人間というものを理解し得た!故に、私は死の淵から戻ってきたのだよ」
ローズブレインは天上に手を伸ばす。目を細めながら、降り注ぐ光を掴むように拳を握りしめた。そしてパチンと指を鳴らした。
その瞬間、金切り声のような音と共に、辺りに蒼色の光が溢れた。
―———————————————————。
(な、にこれ。体の感覚が…)
ルチアの瞳の色が濁ってゆく。他の騎士たちも同様だった。
そしてローズブレインは告げた。
「罪あるものを剪定し、罪なき者を守ろう。反逆を永劫に断つ…絶対の支配を。
———ローズブレイン。この名の下、私<全ての父なるもの>は今ここに復活を宣言する」
「させると思うか?」
突如聞こえた声。
ローズブレインは声のもとにふり返る。その瞬間。
物陰から、ローズブレイン目掛け鉄槌が墜落した。
「ブレイン!」
取り乱すシャルルとラルゴ。凄まじいスピードで、それはブレインのいた壇上に墜落した。
それは十字の鉄槌。瓦礫の隙間から血が伝う。
突然の事態に理解の追いつかないルチア。しかし、その体には感覚が戻っていることが分かった。
「体が…動く…」
俯き、手の感覚を確認する。顔を上げると、檀上とルチアの間には男が立っていた。
緑のスーツ、その胸には十字傷。男は言った。
「君たちは今すぐにここを去れ」
「貴方は一体…」
「今その情報は必要はないね」
十字傷の男は後方を指す。見ると後方の壁には大きな穴が開いていた。
「あ…」
「さあ、逃げろ。早く。死にたくはないだろ?」
息をのみ、ルチアが後方に駆けだそうとした、その時。
檀上にめり込んだ十字の鉄槌が勢いよく吹き飛んだ。
「不意打ちとはやってくれるじゃないか」
亀裂の入った檀上。見れば、そこで押し潰れていたのは名もなき騎士だった。
そしてその一歩後ろにはほくそ笑むローズブレインの姿。
十字傷の男は舌打ちをする。
「流石、元帥殿は生き汚い。部下を消費するのは相変わらず得意そうだ」
ローズブレインは男の悪態に、事もなさげに鼻で笑うと、背後の影に声をかける。いつの間にか、ローズブレインの後ろには男が立っていた。
(なに、あれ…)
紫のスーツを着た、全身を包帯で巻きつけた男。
ルチアの全身を悪寒が襲う。アレは決して、相手にしてはいけないモノだと本能が警告していた。
「ネクロ、彼の相手は君の仕事だ」
「承知」
ネクロと呼ばれた包帯の男は、ローズブレインの言葉に短く答える。その瞬間、包帯の男———ネクロは床を蹴り十字傷の男に接近していた。いや、既に、男の懐に入っていた。
「ッ」
間合いゼロ地点からの斬撃。ネクロは音もなく抜刀、その勢いのまま男を斬りつける。
「遅いな」
十字傷の男はそれを紙一重で回避した。刀身が男の波打った黒髪をかすめる。男は即座に距離を取って鉄槌を拾い、そしてその間に再び迫っていたネクロの追撃を弾いた。
追撃を封じられ、一瞬生まれた隙を男は見逃さない。その勢いのまま鉄槌大きく振りかぶり——ネクロの頭に叩きつけた。
瞬間、爆風をまとい一直線にふきとぶネクロ。
鈍い音を立て、細い四肢が壁に勢いよく叩きつけられる。包帯の男はずるりと崩れ落ちた。
「やった…!?」
ルチアがそう呟いた時、瓦礫が音を立てる。
見れば、ネクロがだらりと腕を垂れながら立ち上がっていた。砕けた骨も、へこんだ頭蓋骨もそのままに。
「うそ…」
「相変わらずお前はしぶといな」
そう言って十字傷の男は鉄槌を構える。だが男が鉄槌を構えた時には、ネクロは男の背後に立っていた。
ガキンッ!!
火花が散る。男は身を捻りネクロの刀を防いでいた。
(…はっ。だ、だめだ。今のうちに、逃げないと)
(動いて、動いてよ私の足。このままじゃ)
ルチアの足は重く動かない。握りしめた拳は震えていた。
十字傷の男と包帯の男、二人の剣戟は続いている。飛び交う火花。
が、その時、十字傷の男が喀血した。
(え…?)
「はあ、こんな、ときに」
男は床を蹴り、ネクロから距離をとる。その口からは赤い血がこぼれていた。
様子を見ていたローズブレインが口を開く。
「無駄だ。どんな強者も私の前には雛鳥にすぎない。余興は終わりだ。革命の一歩として、ここにいる対象者全員を殲滅する。さあ、存分に殺しあうがいい」
ローズブレインから再び蒼色の光が放たれる。
すると、先まで静止していた騎士たちがわらわらと動き出した。騎士達は口々に言った。
———これより”剪定”を開始する。
それは地獄絵図だった。
騎士達は虚ろな瞳で武器を構える。また、殺戮が始まるのだ。
ローズブレインは告げる。
「さあ、刮目せよ。始動する、これぞ―————”人類剪定計画”だ」
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