11話 共闘、エリヤ奪還戦(後編)
「な、んだ、この重圧、は!」
アルバ達は全身を軋ませる重圧に体を伏せる。ローズブレインから放たれた力により一同は床に圧し潰されていた。指一本たりとも動かせない。
ローズブレインは無抵抗になった一同を一瞥すると両手を広げて言った。
「創始者である私はお前たちを愛している。故に、お前たちの道は示してあげようではないか」
ローズブレインは歪に口を釣り上げる。
「ききたまえ。この父の言葉を。お前たちの知らぬ、抹消された歴史を!私しか知らぬ真実を!!」
そして静かに告げた。
「さあ、私の話し相手になってくれ」
◇
「あれは…、20年ほど前だったかな。土地を巡って、先住民と果てのない争いをしていた時代。殺し殺され、憎しみの怨嗟は途絶えることを知らなかった。
故に私は都市軍に入った。そして私は超エネルギーを発見、通称インフィニティフォースの力を得て、戦争は終息していったよ。私は瞬く間に英雄となった。ただの一般兵から、元帥にまで上り詰めた。先住民と和平を結び、戦争で荒れ果てた地を再建し、この新興都市を作ってみせた!
そして私はIFエネルギーの更なる研究の途中で、実験事故で死んだ…。だがそれは真実ではない」
ブレインは静聴する一同に向け、大仰に手をかざしながら続けた。
それを拒むことはできない、誰一人として動けないのだ。
「人々は求めていた。絶対的な権力者、心を預けられる英雄を!…だから私は皆の英雄であり続けた。その私に人々は何をしてくれたと思う?
彼らは愚か…英雄、全ての父である私を恐れたのだ!その才が牙をむく、ありもしない最悪の事態を想定したんだ!」
一同は息をのむ。シラヌイは静かにローズブレインを見つめていた。
ローズブレインの手が震える。それを固く握ると乾いた笑いをこぼした。
「そうだ。私は事故で死んだのではない。君たち新時代<ヴァンガード>に”殺された”のさあ!」
ルチアは目を見開いた。
(そんな、ことが。知らなかった…。でも、だったらどうして)
「不思議に思うだろう。そうだ私は殺された。だがね私を殺した首謀者たちは、ただ殺すだけじゃ満足しなかったのさ。彼らはローズブレインを殺したくとも、この才能は殺したくなかったんだね…」
はっ、とシラヌイが体を起こす。圧に軋む体は悲鳴を上げたが構いはしなかった。
「な…そんな。では、お前は。死んだ、まま、…」
一同の脳裏に情報が駆け巡る。
IFエネルギーを人体に使用する。その研究。
それは既に完成していたのだと。
「そうッ!私は今”死んでいながら生きている”。彼らは完成させたのだ!脳機能だけを維持させ、インフィニティフォースという∞の力で体を駆動させ続ける。私という究極種を誕生させたのだ!」
一同は絶句した。
脳が揺れるような感覚に目が暗んでゆく。
「ふ、はは、ははは!彼らの敗因は私に意識が残っていたことだ。装置として利用するつもりだったろうが…一人残らず殺したよ。
彼らの浅ましさには呆れるが、私が得たものは多かった。
人を超越したことでやっと理解したんだ。
私の望み。全ての人間の幸福など、けして掴めぬ幻だと。
よって私は演算した、答えを。
そして…見つけることができた。
気づいたのだよ…この地において、ヒトこそもっとも愚かで無駄の多い生き物だとね。感情という不確定で不安定なものに振り回され、計算を違える。幾度となく過ちを犯す。生まれながらに不幸を抱く欠陥品<ジャンク>なのだと。
故に全て滅ぼしてしまったほうが平等で効率的だと思った。だが罪なき者も少なからず存在する。ならばその者達は守らなくてはならない。それは私に求められた機能——命題だ。ならばその欠陥品をマシなものにするにはどうすればいいか?
感情を切り取ればいい———∞の力をもってすれば人智を超えた力<超能力>さえ行使できる。よって、インフィニティフォースと直接繋がることができれば際限なく全能の力を手にすることができるのだ!人の体では耐えられんが、すでに人でなくなった私ならできる!その為の”道具”もある!
不可能を可能に、私は人を生かし守るために。そのための剪定。私のたどり着いた答えだ。
救おう、今度こそ違えはしない!人を狂わせる不幸、”感情を全ての人間から切り取る”ことによって!!」
「…それが、人類剪定計画」
シラヌイは小さく呟く。その目は暗んでいた。
「それが、お前の…ブレインの望みなのか」
「ああそうだ」
「そんなの、おか、しい」
ルチアはローズブレインを睨んだ。その体は震えていた。
「感情を、奪われることを、拒んだ人は、どうなるのですか」
ローズブレインは冷ややかに答える。
「既に見たろう?あれが答えだ」
ルチアの脳裏に浮かんだのは真っ赤に染まった景色だった。
ヴァンガード本部、虚ろな瞳をした騎士が、逃げ惑う騎士を殺す。
その、凄惨な景色を、思い出す。
——————不適合者は剪定<さつがい>せよ。
ルチアは声にならない叫び声を上げた。
「そんなの、だれも望まない。おかしい、貴方はどうかしているッッ!!」
アルバは冷汗を流しながら信じられないものを見るように激昂するルチアを見た。
「…そうか。ふ、ふふ、あははははははははははははあはははははははははははははははははははは!!!!」
ローズブレインは高笑いをした。心底おかしいとでも言うように。
「な…」
そして次にルチアを見た時、その表情は恐ろしく冷たくなっていた。
「ふむ、選択肢を与えてやろうと思ったが無駄なようだ。君は救済が不要と見える。ならば————死ね」
ローズブレインの手から蒼い光が放たれた。
それは音速。
見えない斬撃が空間を歪ませながらルチアに直進する。
ルチアはスローモーションに迫りくる死を直感した。
(わたし、しぬ)
ルチアが恐怖に瞼を閉じる。その瞬間
けたたましい金属音が響き渡った。
ルチアはおそるおそる瞼を開けた。
「よく、しゃべる男だ。そうやって数え切れないほどの人間を殺してきたんだろう。そして、これからも」
目の前にはムラサメが立っていた。ローズブレインの眉がピクリと上がる。
「何故動ける?」
「お前のマジックの種を明かしたのさ」
「…ほう?」
「きけよ、皆。こいつは重力がどうとか、そんな大仰なことはしてないぜ」
口の端を釣り上げ、ムラサメは肩をすくめてみせた。そうしてローズブレインを睨みつける。隠しもしない、どす黒い殺意を向けて。
「お前のその力は音波を利用したものだな?仕掛けはこうだ。手の中の弦、それを弾き音を鳴らす。人の身には聞こえないほどの音波。だがそれを感じた時、効果は発動する。これは脳の感覚系統麻痺の一種、暗示のようなもの。体に圧し掛かる重圧も、意識の混濁も!そう”思わせている”だけに過ぎない!そうだろローズブレイン!」
ローズブレインはくつくつと笑った。
「だが音を回避する事は不可能だ。ましてや聞こえぬ音など。何をした?」
「回避なんてしてないぜ」
トントン、とムラサメは人差し指で自身の頭をノックする。そして涼やかに微笑んだ。
「<感覚止絶>…何、回避ができないのなら”感じなければいい”」
「…気味の悪い男だ」
フロア一帯に緊張が走る。
一同が固唾をのんで見守る中、ムラサメは鉄槌を構えて言った。
「やっと…ここまで来た。邪魔する者はいない。仲間の無念を今、果たす」
ムラサメの表情が憎悪に塗りつぶされる。涼やかな笑みを歪ませ、ムラサメは凄まじい気迫で床を蹴った。
「お前を殺す。巨悪は————須らく死ぬがいいッ!!」
十字の鉄槌を振りかざす、が、それは激しい金属音と共に阻まれた。
「———な」
ムラサメは目を疑った。
「何故…。何故だ。どうしてその男を庇う————シラヌイ!」
防がれた鉄槌。それを押し返しているのは黒い刀。
シラヌイは顔を伏せたまま、ムラサメの一撃を受けていた。
「…ッ」
「おや…?」
ローズブレインは顎に手を当て意外そうに首を捻った。
ムラサメは激昂していた。目を大きく見開き、憎悪のままに叫ぶ。
「何を、しているシラヌイ。アレは死に値する。ここで殺さずしてどうする!?今が絶好のチャンスなんだぞ!!」
シラヌイは答えない。
「何故理解しない。たとえお前が目の前の男の残忍性を否定しようとも。これが現実なんだ…」
ムラサメは顔を歪めて言った。
「この男は…人の命をモルモット同然に扱う、外道だ。
公表はされなかった、出来なかった。…証拠は、仲間と僕と共に施設ごと燃やされたからね」
「な、に」
シラヌイは初めて顔を上げる。その金色は制御を失ったように揺らめいていた。
瞳がかち合う。ムラサメは続けた。
「あの地獄を生き延びて僕は誓ったのだ、必ずこの手で<悪>を討つ——そう、この男をな!!」
「ぐっ」
「目を覚ませよ、君の覚悟はそんなものだったのか!?真っすぐに目標を果たす、あの冷静さはどこへいった…!?シラヌイ、この男は、この都市の毒だ。それが、この男の本性なんだよッ!」
ムラサメは叫ぶ。血のにじむような真っ黒な瞳にシラヌイは息を詰まらせた。
その様子を見つめていたローズブレインは薄く笑う。そして一歩下がると口を開いた。
「そうだ。これが私の真の姿だよシラヌイ」
「ぁ…?」
吹きあがる血しぶき。
「が、は」
ぱたた、と赤い血が床に散った。
シラヌイは体を軋ませながら振り返る。
見れば、その背は白い刀によってムラサメごと貫かれていた。
「ネクロ、き、さま」
ムラサメが血を吐く。睨む視線の先、そこには白い刀を突きたてるネクロの姿があった。
「う、うそだろ」
シャルルが思わず口を開く。信じられないものを見るように、目を見開いた。
「ブレイン、お父様!あ、あいつは、アンタをムラサメから守ったんだぞ!?それを、どうして、シラヌイごと貫くなんて」
一歩踏み出し抗議するシャルルをイッセンが制した。
「ッイッセン!?」
(前にでたあかんシャルル。あの男に近づいたら…死ぬ)
ずぶり、その白い刀身が勢いよく引き抜かれる。おびただしい程の血が床に水たまりを造っていた。包帯の男ネクロは、二人から刀を引き抜くと、シラヌイの背に手を伸ばした。
「くそッ」
即座にムラサメはシラヌイを抱えて真後ろに回避した。
再び開く間合い。
両者の間に十分な空間が生まれたことを確認するとローズブレインは嬉しそうに目を細めた。
「少し仲間をいたぶった後、シラヌイを回収しろ」
「承知」
ネクロは短く答えるとコツ、と未だ床に伏せる一同に歩み寄った。その表情には何も映しておらず、どこまでも不気味だ。
ローズブレインは両手を掲げる。そして恍惚として告げた。
「聞け!感謝するがいい人間。ローズブレイン元帥はここに復活した。宣言する。虚無こそ、真の安寧だと。残念にも反逆者には罪ある人間と共に制裁を下すと決定したが…お前たちが守ろうとした幾人かの罪なき人間は私が”救済”してやる。案ずるな!人の歴史は途絶えさせはせん。守るとも!!」
その言葉を聞くと、ネクロは一歩、一歩と一同に歩み寄る。
コツ
(だめ、このままじゃ)
コツ
(このままじゃみんな…!)
ルチアは拳を握りしめる、が体はピクリとも動かない。
コツ
「心して祈れ、そして死ね
これは―————————”愛”だ」
ローズブレインの言葉にネクロが赤く濡れそぼった刀を構える。
と、その時。フロア全体が大きく振動した。
「何?」
起動音と共に粉砕される壁。脆い壁は瓦礫となって両者を阻むように吹き飛んだ。
崩壊した壁から姿を現したのは2メートルほどの筒状のマシンだった。そのマシンから聞きなれた声が聞こえる。
土煙の中、マシンは筒状の胴の側面から腕を伸ばし差し出した。
『出るぞ!掴まれ、お前たち!』
強烈な破壊音で、ふと体が動くようになった一同。ルチアは思わず顔を見上げた。
「クジョー!?どう、して」
「ルチア!今は逃げるのが先だ!行きますぞ!」
「ま、まってエリヤは!?」
「ここです!シラヌイも一緒だ!」
エリヤはいつの間にか拘束を外しシラヌイを抱えていた。
『はようせい!』
クジョーの声に一同はマシンの手のひらに乗り込んだ。
ルチアがふと振り向くと、アルバはじっと向こうを見つめて立ち止まっていた。
エリヤはアルバに声をかける。
「アルバ!早く!」
「…ああ」
その声にアルバは静かに答えるとマシンの手に乗り込む。アルバが乗ったと確認したマシンは再び爆風を散らしながらその場を飛び去った。
「げほっごほっ、なんつう土煙だっ!前が見えねえ!」
土煙を手で煽りながらシャルルはむせ込んだ。ネクロは飛び去った先を見つめて言った。
「追跡の許可を」
「ふ、は、…はははははははは!!!!!」
突如、ローズブレインは頭を押さえて笑った。その大声にシャルルは肩をびくりと震わせる。
「愚か!愚か!理解に苦しむぞシラヌイ!!何故こうまで私を愉快にさせる!?だが、だからこそ興味深い。月が満ちるまではもうしばしあるが…はは。構わん。開放しろ」
「は」
その言葉にネクロはイッセンを見る。イッセンは言葉もなく、静かに懐に手を伸ばし機械を操作した。
くつくつと、ローズブレインは心底愉快そうに笑いを堪える。そしてその瞳が怪しく光ると、天を仰いだ。
「いいだろう。来るがいい反逆者達。ヴァンガード本部頂上…レガリア・コア!そこで私は待っている。終わりの始まりを…見せてあげようじゃないか…」
上空を風を切りながら飛ぶマシン。
それは小さい爆発を伴いながら限界を訴えていた。
(急ごしらえではこの程度か)
『エリヤ!無事か!して皆の容態は!』
クジョーが声を上げる。
「私は、大丈夫…ですが」
「シラヌイ、しっかりしてください!!」
ぐったりと倒れているシラヌイを揺さぶるルチア。その肩にアルバは手をおいて言った。
「…大丈夫、大丈夫だルチア。こいつは、そんな、ヤワじゃねえ。死なせは…しねえよ」
『かんばしくなさそうじゃな』
「ともかく、急いだほうがいいでしょうな。クジョー、飛ばしてください!」
『うむ、了解じゃ!…ん?あれは』
クジョーの声に一同は顔を上げた。
都市全土が僅かに振動しているのがわかる。その震源地はすぐに解った。
「なに…あれ…」
ルチアは驚愕した。
都市の中心、ヴァンガード本部は大きく振動しながらその外壁を落としていた。
殻を破るかのようにそれは姿を変えていく。
一同が見守る中、それは歪に脈動する管をまとわせた塔となった。
機械的なようでいて、生物的。
それは支配を象徴するかのように都市の中心に聳え立った。
エリヤは固唾をのんで言った。
「なるほど、あれが決戦の地だと。…粋なことを、してくれるじゃありませんか」
クジョーは答える。
『いよいよというわけか…』
◇
シラヌイ達の去った廃墟。
開いた壁から外に出、空気を吸ったローズブレインは静かに口を開いた。
「イッセン」
「はい」
「たまには、お前の話に乗ってみるのも悪くない。面白いものを見せてもらった」
「さいですか。それは、良かったですわ」
「いい見せしめにもなった」
にへらとイッセンは頭の後ろで腕を組み笑った。
「そういう事だ、友は選べよ?イッセン」
「…」
一瞬の沈黙にシャルルは首をかしげる。
「イッセン…?」
「いや、はは。冗談キツイわ!後にも先にも、忠誠をちかったのは御父上だけ!まだまだごひいきに頼みますわ~!!」
「は、ははは」
ローズブレインはにこ、とほほ笑むと声を上げて笑った。それに合わせるようにイッセンも笑う。
「な、なはは…!」
「はは…。ああ、そうだなイッセン。お前の才は私の都市に必要だ。これからも頼むぞ?」
「はいっ!おまかせあれ~!!」
びし、と敬礼したのちイッセンはその場をさった。シャルルはため息をついた。
「ふふ、ははは…。人というのは楽しいな。ネクロ。はは、ははは」
断続的に笑いこぼす。ローズブレインは帰ろう、と呟くとシャルルをつれ廃墟を後にした。
ネクロはその様子を見つめたまま、じっと立ち尽くしていた。
抜き身の刀、その刀身にこびりついた血を払う。
鞘は刀身を迎えるようにしてそれを納めた。
キン
と音がする。それは喜びを体現しているかのようだった。
ネクロの口が歪む。
それはいびつで、不気味な笑みだった。
明日、ここは戦場と化す。屍が積みあがるのだ、あの塔のもとに―————―—
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