13話 死が二人を別つまで・烈




ゴウン

ゴウン

鼓動のような機動音が聞こえる。

床や壁には数多のチューブが脈のように走っていた。

ここはかつてのヴァンガード本部。そして現在はローズブレインの”城”となっていた。空高く聳え立つその塔の上層階に、彼らは集まっていた。

玉座であったろう鉄塊の上にローズブレインは腰掛けている。その前には跪くようにしてラルゴ、シャルル、イッセンがひかえていた。

彼の後ろには翠色の少女がいた。ローズブレインは"彼"に声をかける。

「友人の方が気にかかるか?」

彼、いや彼女——グロウルは答えた。

「ううん、平気」

「案ずるな、お前の居場所など初めからどこにも無い」

「はい」

ローズブレインは優しい瞳でグロウルの髪を撫でる。宥めるような声色。そこには一切の淀みは無かった。

「お前のような欠陥品は誰も愛さない」

それが真実だと。嘘偽りない真っ直ぐな瞳がグロウルを写す。それがこの男の常だった。

「だが私は愛してやれる。私ならお前に価値を与えてやれる。喜ぶがいい、私のグロウル」

「はい。おとうさまっ!」

グロウルがローズブレインに向ける視線。それは歪でいて純真、心を寄せる愛と呼べる何かが入り混じっていた。彼女は微笑んで見せる。

ローズブレインはグロウルの返事に満足そうに頷くと、目前に控える者たちに向き直った。

「さあ、最後の戦争だ。武器を取れ、今再び私の時代を担う”友”たちよ」

3人はそれぞれに応答する。その目は一瞬蒼く光った。

ローズブレインは告げる。


「彼らに試練を!この舞台に至高の演出を!新時代の訪れを宣告するのだ!!」

「「「「了解、全ての父<サー・ブレイン>」」」」











ヴァンガード兵は規則的な動きで塔の各階層に配置されていた。


通路を巡回するヴァンガード兵。一人の兵がその角を曲がろうとした。

するとその足は何かにつまづき転倒した。

「作戦その1!できるだけひっそり!」

それはルチアの声だ。

ルチアはそう言うと曲がり角にしゃがみこみ兵の足をすくった。

足を取られそのまま転倒せんと前のめりになる兵の鳩尾に、シラヌイは風をきって鞘ごと刀を叩きつける。

「その2…!全てみねうちで対処!」

衝撃に意識を飛ばし、ぐったりと力を失ったヴァンガード兵。フォーガンはその体を支えると、兵をそっと壁に寝かし2人に向けてこう言った。

「その3!なにかあれば〜」

シラヌイとルチアは顔を見合わせ頷いた。

その間に割って入るようにクジョーは言った。

「ほうれんそう、じゃあ!!」

と、そうニッカリと笑った時、背後に足音を聞いた。その足音に一同は振り返る。

そこにはヴァンガード兵が軍をなして押し寄せていた。ガチャリ、それらは立ち止まると一斉に銃を構える。

アルバは顔を引きつらせて言った。

「すまんエリヤ。その1がどうにも難しいわ!!」

その言葉を引き金に、並んだ銃口から一斉射撃が繰り出された。

「ぎゃ—————————!!!」

5人は慌てて角に飛び込みその鉛の雨を回避した。

通信機からころころと笑うエリヤの声が聞こえる。

『うはは、でしょうね!その音でだいたいわかります!』

「いや、笑い事じゃねえんだわ」

「なははは!じゃがよくここまで来た!この階を越えれば塔の上層階に入るぞ〜!」

射撃が止むのを背中越しに伺いながら、ルチアはため息をついた。

「こんな塔、本部にはやしてくれちゃって!後の処理が大変じゃないですか!」

コツン、シラヌイは壁を軽く小突く。固いコンクリートの壁には管が幾重にも折り重なって伸びていた。

この塔そのものがマシンのようだと、シラヌイは思った。

「どうじゃ?エリヤ。塔の全体マップは解析できたか?」

『厳しいですね〜。シラヌイ達のいる地点から半径700m内にはいってようやく、生体反応とマップを解析できるといったところでしょう。手探りですみません。戦闘を避けたいところですが解析がおいつかなくて』

「十分だ。助かっている」

「いやあ、ごめんなさいね。これくらいしか出来なくて…と、この通路を抜ければ大きなフロアに出ます、そこを突き抜けてください。その先に次の階層に行く階段があります!」

あ~いと、気の抜けた返事をする。そして一斉射撃が止んだのを確認すると、シラヌイは一同を見、頷いた。それを合図に一同は飛び出す。

追うヴァンガード兵を振り切り、一同は通路を抜けた。

「さあ、どんどん突撃じゃあ~~~!!!」






『扉のロックを解除します』

エリヤがそう言うと、シラヌイの目の前の扉はピピ、と音を鳴らし自動で開かれた。

一同は次のフロアに入る。

今までと同じような管がひしめき合う壁、つぎはぎの鉄の床。広く開けた場所。シラヌイらが入った扉の真正面その奥にはまた同じように扉があった。

「誰も…いない…?」

ルチアは恐る恐る辺りを見渡しながら踏み出す。すると左右の壁から機動音が聞こえた。

「えっ何」

するとプシュウと壁から扉が浮き出し自動で横に開かれる。一同は思わずそれぞれに武器を構えた。

が、そこから何かが飛び出す様子はない。

通信機からエリヤが言った。

『生体反応は…ありません、ね』

「ああ、既に死んでいるからな」

シラヌイはその扉に近寄り中を見る。そこにはキメラであったろう残骸が転がっていた。僅かな振動に、残りの残骸も塵となって消えた。

「廃墟にいたキメラ…!ここにもいたんですね…」

「そのようじゃな」

(あいつが、来ているのか)

シラヌイは残骸があった床を見つめる。そして刀を握る手に力をこめた。

と、そこに開いた扉のもう一つから声が聞こえた。

「誰か、そこにいるの?」

一同は一斉にその扉を見た。

緊張感が走ったその瞬間

「ルチア―——―—!!」

「わぶ」

ばたーん

その扉から、少女が飛び出してきた。

彼女はそのままルチアに駆け寄り、二人は重なるようにして倒れた。ぽかんと口を開く一同。フォーガンは呆気にとられながらもその名を呼んだ。

「グロウル!?」

「はいっ!グロウルです!」

びし、とグロウルはルチアにのしかかったままフォーガンに敬礼した。

「ぶ、無事だったんですか!?」

ルチアはがばりと身を起こす。そして自分の上に乗るグロウルを降ろすとその体を見た。

「えへへ、恥ずかしいよ〜!なんともないったら!」

「え、ぇえ…?」

訝しげにルチアはグロウルの様子を伺う。グロウルはニコリと笑うとルチアに抱きついた。

「ルチア!きてくれたんだね!!うれしいよ!!」

「なははは!!なんじゃ!感動の再会か!?」

アルバは呆れながらも頭をかく。フォーガンはほっと胸をなでおろしていた。

「無事でなによりです、グロウル」

突然賑やかになった様子に少し面食らいつつも、シラヌイは口を開いた。

「よかったなルチア。目的の一つが果たせた。グロウル、だな。お前はここで待っていろ。全てのカタがついたら迎えに」

「だれ、このひと」

シラヌイを見るグロウル。その瞳は警戒心に満ちていた。ルチアの袖を握る。

「あっ、えっと。私のお友達です!悪い人じゃありません!」

「ほんと…?アルバもお友達?」

グロウルはアルバを指している。アルバは片眉をあげた。

「あ?」

「怖い!」

アルバの返答にグロウルはさっとルチアの後ろに隠れた。

「アルバ!やめい!」

「いや俺何もしてねえだろ!?」

思わずフォーガンが制する。アルバは不服そうに唇を尖らせた。

「まああの人は見た感じ悪そうで胡散臭いですが大丈夫!信用できます!安心して!」

「へえ…。ま、いっか!ルチアがそういうなら!でもここで待ちはしないよ」

「え?」

グロウルの目は真剣だった。言うことをききそうな様子はない。

「こんなとこに置いてくの?せっかく会えたのにまた置いてくの?いや!絶対に離れないよ、ついてくから」

シラヌイは顎に手を当て小さく唸った。

「うむ、困ったな」

『そうですね…。ここに置いてもまた狙われるかもしれません』

「私が守りますから!大丈夫ですよシラヌイ!」

ルチアの言葉にグロウルは目を輝かせた。

「ルチアならそういうと思った!やっぱり私のルチアはかっこいいんだ!」

「て、照れるな〜」

「それにっ、皆はブレインのところに行きたいんでしょ?案内するよ」

ぎょ、とグロウルに視線が集まる。

「できるのですか!?」

驚いた様子でフォーガンは問うた。グロウルは笑顔で頷く。

「うん!ここに連れられたときに見たんだ。だからまかせて!役に立つよ!」

「ほんとですか!?心強いです!いいですよね、エリヤ!」

『かまいませんが…。何故ローズブレインは貴方を狙うのか。心当たりはありますか?』

「さあ?わかんないな」

『そう、ですか…』

「まあ、いいんじゃねえの!」

「アルバ?」

シラヌイが振り返る。アルバは両手を頭の後ろにくみ、にっと笑った。

「後ろにいてもらえば、さ。俺が見とくからよ」

「…わかった。いいだろう。同行してかまわない」

「やった!」

『ではグロウル、道案内を頼みます。こちらでもバックアップしますので慎重にいきましょう』

通信機からエリヤが言う。グロウルはそれを聞くと一同の前方に走った。くるり、軽快な足取りで回ってみせる。そして顔にかかる翠の髪をかきわけると嬉しそうに笑った。

「はいっ!えへへっ、まかされましたっ!」










「わっかんねえなあ」

「どうしましたシャルル」

塔の一室でシャルルとラルゴは”出番”を待っていた。

シャルルは見るからに機嫌が悪い。

「アイツらはさ、馬鹿なの?」

「と、言いますと?」

「勝てるはずがねえンだ。そもそもあいつらにとって相手はこのヘルジャイルそのもの、どうして1%も満たない可能性にかける?死に急ぐようなもんだ。それにブレインは世界から苦しみを取り除いてくれるんだろ?拒む理由がねえじゃねえか」

心底理解ができない。そういうシャルルは怒りをあらわにしながらも顔を曇らせた。

「でも…反逆した以上、アイツらはもう死ぬしかないのか」

「優しいのね、シャルル」

ラルゴは妖艶に微笑むとそっとシャルルの頬を撫でた、それをシャルルは素早く払う。

「ちっげーよ、呆れてるんだ」

「しかし勇士とはかくあらねばなりません。無謀で稚拙、それは言いかえれば純粋であるという事…ああ、なんと儚く愚かで美しい…。これを愛さずにいられましょうか!」

うっとりと、ラルゴは彼方を見つめていた。

シャルルは唇を尖らせて言った。

「…いくのかよ」

「ええ、もうすぐたどり着く頃合いでしょう。ふふ、それにこの体、熱を持て余して仕方ありませんもの」

「なあ」

「はい」

「…、……。なんでもねえ」

シャルルは目を伏せ口を閉ざす。ラルゴはその様子を横目に見ると、深々とお辞儀をしてみせた。

「ではお先に失礼しますわシャルル。——恋多き女は、忙しいものですから」

顔を上げる。

その顔はゾッとするほど冷ややかで、爛々と瞳を揺らしていた。

「…」

ラルゴの去った部屋でシャルルは独り呟いた。

(わからなく、なってきた)

「ブレインは…お父様は、絶対なんじゃねえのかよ…?」











「そこを右だよ」

後方に歩くグロウルが道を指し示す。

グロウルのお陰か、一同はヴァンガード兵を回避して順調に進んでいた。

「大分進みましたね…」

通路を進む。再びエリヤが扉のロックを解除し、一同は開けた部屋に出た。

その部屋は暗く、明かりはついていない。

「うぉ、暗!おいグロウルほんとに合ってんのかあ?」

「そのはずだけど…」

グロウルは首を傾げた。

「嵐の前の静けさ、といったところか」

そうシラヌイが口にした時、後ろ手に扉が閉まった。

「ふむ、誘われているようじゃの」


「ええ、人払いは致しましたもの」


一同はばっと前方を見た。

その時、部屋の明かりがパッとつく。赤い証明だった。

「貴方は…」

フォーガンが口を開く。一同のその視線の先、そこには黒い高級そうなスーツを身にまとった女——ラルゴがいた。

ドン!

ラルゴは手に持っていたキュースティックを床に突き立てる。床に亀裂が走った。

ラルゴは一同を前に、恍惚として言った。

「これから”愛する”のです、秘め事を前に、オーディエンスがいては…恥ずかしいですわ…」

『皆構えて!戦闘開始ですッ!』

エリヤの裂くような声に一同ははっと身構えた。と、その瞬間、ラルゴは地面を蹴っていた。

「はああ!」

即座にフォーガンが前に出る。飛び出したキュースティックは弾丸のようにフォーガンを襲った。

それを受け流すようにして身を捻るフォーガン、突き出されたキュースティックは空をきる。

「随分と熱烈な女性だ。だが」

フォーガンはスティックを掴むラルゴの手に手刀を放った。

「愛を囁くのに、武器は必要ありませんなッ!」

瞬時にラルゴはスティックを軸に床を蹴り跳躍した。空中で回転し間合いを取って着地する。

と、その衝撃でラルゴの眼鏡が飛んだ。ガシャン、と眼鏡は床に落ちて割れる。

風がまい、オールバックにかきあげられていた髪が落ち、顔にかかった。

「あら、強いんですのね」

そう言って顔にかかる髪をかきあげると、ラルゴは不敵に笑った。

「なああ!?」

突如、フォーガンが大声を上げて後ずさる。

「む?どうしたのじゃフォーガン!」

クジョーは首を傾げ、硬直するフォーガンを伺う。と、その目をわお、と丸くした。

「この胸の高鳴りは一体…」

見ると、フォーガンは胸を抑え湯気が立たんばかりに紅潮していた。

『えっ』

「は?」

それぞれがぎょっとして固まる。フォーガンはわなわなと口を開いた。


「なんと…美しい。小生は、貴方に一目ぼれしてしまったようだ…!」


「ッええええええええええええええええええええ!?!?」

どぎゃあん、と叫ぶルチア。

「おお、おまえああいうのが好みじゃったのか…」

クジョーが感心するようにラルゴを観察した。

が、目の前のラルゴは呆然としていた。

「—————————は?」

ラルゴの顔が引きつる。

するとその手はガタガタと震えだした。

呼吸が浅くなっていく。

ラルゴは震える片手で顔を覆った。

「…やめ、ください」

彼女の脳裏にかつての記憶が駆け巡った。


——お前は俺の言うことを聞いていればいいんだ

——愛してるよ

——もう、いい加減気づいたらどうだ?

——君の事、本当に愛してるんだ


「ぁあぁあああああああああッ!!」

「何!?」

ラルゴが叫ぶ。すると彼女の足元はミシリと音を立て亀裂を走らせた。

「おやめください。愛さないで、愛さないで!!やめてやめて!!」

覆われた顔のその片方、晒されたままの目が蒼く光った。

「どうせ手に入らないなら、与えないで…!夢をみせないで!そんな優しさなど不要!ぅぅ、ううう、ぁあぁああああっっ!!!」

「ラルゴ…?」

フォーガンが一歩近づく。ラルゴはキュースティックを構え牽制した。

「来るなッ!」

「!」

ラルゴは頭を抑えたまま唸っていた。その目はぐるぐると揺れている。

「ど、どうしたんですか!?」

『わかりません。けれど彼女は極度の興奮状態になった、今彼女は普通じゃない!暴走しています!』

「暴走…?」

フォーガンはラルゴを見た。気迫、怨恨、悲壮のこもった声。ラルゴは震える唇で呟く。

「愛していると言いながら、最後には捨ててきたじゃない。どれだけ尽くしても、捨てたじゃない」

ラルゴは口の端を釣り上げて笑った。

「いいえ、いいえ!もういいの。気づいたの…最大の愛、それに応えてくれる。嘘偽りのない感情を…」

ラルゴはネクタイを引き抜く。そうして胸からいくつかの鉛玉を取り出し手に取った。

「私の思いの丈を、全てその身に捧げます…」



「———恐怖しろ。さあ、心逝く(こころゆく)まで…殺し愛おうではありませんか!!!」



ゴウ

ビリヤードの如く、鉛玉がスティックに穿たれる。それは正しく弾丸のように弾き飛んだ。

「フォーガン!避けろ!」

クジョーが叫ぶ。が、フォーガンは立ち尽くしたままだった。今までと格段に速度を増したそれに、反応が遅れてしまう。

「ッ!」

すんでの所でフォーガンは身を捻る。が、その鉛玉はフォーガンの左肩に着弾した。

鈍い音。それはまさしく骨の折れた音だった。

ぶらりとフォーガンの腕が力無く垂れる。ラルゴは高らかに笑った。

「あはっ!!ごめん遊ばせ!追いつけませんでしたか!?」

ラルゴの蒼い瞳が揺れる。と、残った鉛玉を全て空中に放り投げた。

「穿て、…トリックスター」

ラルゴはキュースティックで放り投げた鉛玉の一つを突く。

カン、カン、カン————カン!!

鉛玉は衝突しあい、四散した。

「後悔する暇も与えませんわ…鉛の雨で、ガムにしてあげる!」

カッとラルゴの瞳が開かれる。その瞬間、四散した鉛玉は壁、床、天井を蹴り、凄まじい勢いでフォーガンへ弾け飛んだ。

「っがああ!」

鉛玉はフォーガンを確実に狙いながら、衝突すると再び四散する。壁、床、天上、その全方向から繰り返し跳ね返る鉛玉は加速度的にその凶度を増す。フォーガンはなすすべなくその弾丸に撃たれ続けた。

凄まじい勢いで繰り返し弾け飛ぶ鉛の万華鏡。思わずルチアは声を上げた。

「このままじゃフォーガンさんが!」

シラヌイは首を横に振った。

「駄目だ、あの中へ入ってみろ。俺たちも撃たれるぞ」

「でも、だったら…どうしたら!?」

「外からの介入は不可能だ。内側から突破しなければ…」

「この鉛玉は永遠に加速する。終わりがあるとするならばそう、貴方の死!決して逃げることはできない檻なのです!どうですか?私の愛は!!恐ろしいでしょう!?」

ラルゴははちきれんばかりの狂気に染まった笑みを見せる。

ぽつり、鉛玉に撃たれ続けるフォーガンが口を開いた。

「逃げはせん」

フォーガンは体を穿たれながら真っすぐにラルゴを見つめていた。

「な…」

一歩、フォーガンが前進する。

「実直、どこまでも純粋だ!ただ愛され方を知らぬだけ!愛し方を違えただけ!なんといじらしい、ますます私は貴方を好きになってしまった!!」

カッとラルゴは怒りを露にする。そしてまた鉛玉を取り出すとそれを再び撃ち放った。

「こ、のォ!!」

跳ね返る鉛玉か増え、その雨は更に加速した。

「お黙りなさい!痛み!苦しみ!感じるでしょう!辛いでしょう!それを与えているのは私ッ!それを愛おしく思うなんてどうかしている!」

フォーガンは歩みを止めない。

「憎みなさい!恐れなさい!それでいいの!それが欲しいの!」

鉛玉の一つがフォーガンの頭を殴る。フォーガンのマスクに亀裂が走った。

ぽたり、見ればフォーガンは体の節々から血を流していた。

「恐れるものか、憎むものか!人は誰しも間違えるものだ!小生には…よくわかる」

マスクの亀裂、その隙間から顔の皮膚が見えた。それは醜く、焼けただれていた。

「…!っだまれ、だまれだまれ!!言葉なんて要らない。優しい抱擁も要らないッ!ただ、殺しあうのみッ!!私が欲しいのは”本物”!殺意、恐怖!!それこそ嘘偽りのない”本物”!!死んで、死ね!!!その心臓を”本物”で満たして奪わせて!!」

一歩、一歩とフォーガンは尚も歩を進める。

「今ここに確信した。貴方を悪夢から目覚めさせねばならないと」

フォーガンは地面を踏みしめる。その体に気迫が満ちた。

ラルゴはふらりと足を遊ばせる。そして憎悪に顔を歪ませた。

「もういい、殺す。今すぐに殺す!噴き出せ愛憎ッ、煌めけ鮮血ッ!!!」

「倒れるものか!その慟哭、全て受け止めてみせるッ!」

ドッ!

二人の周りに爆風が舞う。

ラルゴはキュースティックを構え、フォーガンは拳を構えて————



「弾けろ―———<セブンピストルズ>!!」

「<烈・桜雷鉄砕破>—————ッッ!!!」



—————互いの力が衝突した。













「はぁっ、はぁっ…——っ!」

衝撃にホワイトアウトした視界が戻ってくる。気が付くと、ラルゴはフォーガンの腕の中にいた。ラルゴの鉛玉は砕け、地に転がっている。

「はな、して」

「離しはせん」

「気持ち悪い、の、はなして!殺す、殺す殺す!!あぁあああ!!!」

ラルゴはフォーガンを押し返す、がびくともしない。

「何故、倒れないの…。倒れ、なさい、よ」

「もう、狂気で己を守らなくていい」

「な…」

ラルゴの目が見開かれる。

少しの沈黙。その後、恐る恐る顔を上げた。ふと、視線が合った。

それはレンズ越しではない、彼の本当の目。

それは穏やかな空の色をしていた。

息が詰まる。傷だらけの腕はやさしくラルゴを包んでいる。

ラルゴは見つめ返した、その口から紡がれる次の言葉を待つように。

フォーガンは告げた。

「貴方は私の腕の中だ。これからは…私があなたを守る。愛させてくれ、ラルゴ」

「——————」

それは告白だった。

ほろり、ラルゴの瞳から一筋涙が零れる。

と、その瞳は光る蒼から彼女本来の赤色に戻っていった。









『まあ何とかなったのは良いのですが…』

通信機から呆れたようなエリヤの声が聞こえた。

一同の目の前には、頬に手を当てによによと笑みを堪えるラルゴと、血まみれで嬉々として舞い上がるフォーガンがいた。

「まあ!いけませんわ、そんな…暑苦しい…ふふ、寄らないでくださいまし」「ぐ!厳しい所も凛々しくて素敵だ…ラルゴ、やはり貴方は美しい…!」

いつの間にか赤い照明だった部屋は普通のライトに変わっている。否、寧ろ二人の空間だけピンク色にすら見えた。

アハハ、ウフフとすら聞こえてきそうな雰囲気に一同は眩暈がした。

クジョーはアルバの服の裾で涙をぬぐっていた。

「う、私のフォーガンが…ずびー」

「やめろクジョーどこで鼻かんでやがる!!おい!!」

「こ、これは…ええと…勝った…?のでしょうか…!?」

目を白黒させるルチアに、ラルゴはにっこりと微笑んだ。

「いいえ、負けてあげましたの。そんなこともわからないの?ポンコツなのですのね!」

「ギャ!ナチュラルに酷い!そんなキャラなんですか!?」

ルチアの悲痛な声にラルゴは再びによによと笑みを堪えていた。

「まあいいですわ!何か妙に頭もスッキリしたし。先、進むんでしょう。行きますわよ」

「は、え、ええ!?」

「この小生らの仲間になってくれるのか!ラルゴ!」

「いいえ、思いあがるのはよしてくださいませ?私、貴方が想うより殊勝な女ではありませんの」

「な、で、では」

「未来とか、どうでもいい。滅ぼうが生きようがほんとどうでもいい!ただ、あのローズブレインに貴方様がどこまでやれるのか、それは少し見てみたい。それだけですわ」

「そうか…。ありがとう、ラルゴ。助かる」

「…!」

ラルゴの言葉にフォーガンは穏やかな声で静かに頷いた。

「いえ…」


その声色にラルゴは目を細める。ふ、と目を逸らし、割れた眼鏡を拾った。

眼鏡をかけ、ラルゴは振り向く。と、彼女は悪戯っぽく笑ってみせた。

「…私が欲しいなら足掻きなさい。私は臆病ですから。せいぜい…頑張ってくださいませね?」

ぱっとフォーガンの表情が明らむ。そして気を取り直すと、不敵に笑い返した。

「ああ…!望むところだ!」




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