14話 トラップ・トラップ・トラップ
「だああッ!!」
シャルルの大槌が壁を叩く。
激しい衝撃に、その壁にはクレーターができた。
ぱら…と瓦礫が落ちる。
シャルルは息を荒げて激昂していた。
「なんだよ、なんだよそれ!!!どうなってんだよ!!」
「シャ~ルルッ」
ひょっこりとイッセンが姿を現す。そして穴だらけになった部屋を一瞥しワーオと呟いた。
「なあイッセン…!どうなってる!どうしてラルゴは裏切った!?なんでだ!死にたいのか!ブレインに逆らえば殺されちまうんだぜ!」
そう叫んだシャルルの脳裏にいつかの光景がよぎった。
廃墟での戦闘。
ローズブレインを狙うムラサメ。それを庇うシラヌイ。
そしてシラヌイはムラサメごとその背を貫かれて—————
「ッ!」
はっと我に返る。その頬には冷汗が伝った。
(いや…。裏切っても、裏切ってなくても、関係ない…の…か?)
目が暗む、蒼い眩しさにチカチカと頭痛がした。
「ぅ、うううう…。いたい、頭が…。う、ぅ」
「…おちつけシャルル」
「うるさい!うるさいうるさい!!」
取り乱すシャルルの背をイッセンはそっと撫でる。そして宥めるように、穏やかな声色で言った。
「シャルル、大丈夫。どうせこれは茶番や。月が落ちりゃ全てブレインの思うまま。自分らは間違ってない。正しいでシャルル。安心しい。ブレインこそ絶対。完璧なんや」
「ほんとか?」
ばっと勢いよくシャルルが顔を上げる。幼さの残る顔、縋るような声にイッセンは優しく返答した。
「ああ、だってあいつらじゃ無理や。勝てへんよ。決定的に欠けているモンがある」
「それは?」
「引き下がることのできない、己を燃やし尽くすほどの爆発力————怒りや」
「怒り…」
固唾をのむ。一心に見つめ返すシャルルの頭をイッセンはわしわしと撫でた。
「わ!やめろよ!」
「なはは!まだまだこれからやで。シャルルもいずれわかる!”誰が勝つか”まあ、見ててえな」
ぱっとその手を離すとイッセンは歯を見せて笑った。
「楽雷のイッセン、参りますわ」
◇
『敵、周辺にいません!どうやら撒けたようですね』
「ああ、そのようだ。ラルゴとフォーガンのおかげだな」
一同は通路を走り抜ける。ここは既に上層階。配置されているヴァンガード兵も、階を上るにつれ強くなってきていた。
ルチアは後ろを振り返りながら心配そうに呟く。
「二人とも、置いてきて大丈夫でしょうか…ぎゃっ!」
バシン!と丸くなったルチアの背をクジョーは思いきり叩いた。ルチアが抗議の目を向けると、クジョーはニッと笑って言った。
「なあに心配せんでいい!あやつは強い!それに、愛するものまで傍におるのじゃ、負ける理由などない」
「それに、あそこであいつらが引き付けてくれなかったらいつまでも足止め喰らってたぜ」
「そう、ですね…」
クジョーとアルバの言葉にルチアはしぶしぶ頷く。と、シラヌイはじっと彼方を見つめていた。
「シラヌイ…?」
ルチアが顔をのぞき込む。シラヌイはそれに気づくとなんでもない、と首を振った。
「ルチアー!こっち!こっちだよ!」
と前をうろうろと歩き回っていたグロウルが手を振った。
一同は導かれるまま前の扉をくぐる。
そこは天井が何処までも高い。どうやらただの部屋ではなく、その床は昇降機、リフトになっているようだった。
「おっ、これかなりショートカットできんじゃねえのか!」
『そのようですね!ではこのまま上がっていきましょう。クジョー、操作をお願いします』
「ううむこの流れ、次の四天王的キャラは一体誰かくるかの~」
クジョーはのん気な声で言うと、操作盤に近寄った。操作盤がホログラムを表示し、クジョーはリフトを作動させた。
と、たちまちそのリフトはけたたましい警報音を放った。
「むむ?」
『ちょ、クジョー!?』
プシュウ、と入ってきた扉が閉じる。リフトはがくんと揺れた。
「え?う、そ」
ルチアの表情が青ざめる。ぎぎぎ、とシラヌイを見た。
「うん?どうし」
その瞬間、リフトは電源が落ち力を失った。
「へ?」
急転直下、一同は内臓が浮くような感覚に襲われる。そして理解する、リフトは真っ逆さまに暗い下層へ落下していることを。
グロウルはてへ、と頭を軽く小突いて言った。
「あっ、ここじゃなかったみたい!ごめんね!」
「「う”あ”———————————————————!!!!!!」」
一同(一部真顔)の絶叫が響く。
それとなく死を感じた一同。が、そのリフトは再びガクンと揺れるとある地点まで落下したのち停止した。
「あ”!?生きてるナンデ!?死んでねえ!!」
「な、何が起きたんです!?」
心臓を抑えるルチアとアルバ、そこにアナウンスが聞こえた。
<あーあーこちらイッセン!聞こえます?歓迎するでえ、シラヌイたち!>
一同がはっと顔を上げる。軽薄そうな声、それは廃墟で出会った男、イッセンのものだった。
「と、いう事は次の相手はお前か」
シラヌイが刀を握る。と、まるでそれが見えているかのようにアナウンスの声が返答した。
<ええな、勇ましい!まあでもそれは自分の用意したアトラクションを越えてからや!いろいろ用意しといたからゆっくりしてってな!ほな!>
ブツリ
一方的に話すとアナウンスが切れる。
すると上空から無数の影が降り立つ。ガシン!リフトを揺らして着地したそれは四角い箱のような鉄塊だった。
と、その鉄塊から機械音がした。そう思った瞬間、その鉄の箱から手足が伸びた。
ヴン、と光が灯る。一同の前に立ち上がったマシン。それはまさしくオートマトンだった。
「ぅえ!?」
目を見開くアルバ。クジョーは顎に手を当てると目を細めて言った。
「ほう、やる気じゃなイッセン」
「っかァ~~~~!あの猫目野郎~~~!!」
「卑怯ですよお!!」
「えへ…なんかごめんねルチア!」
それぞれは武器を構えた。
ルチアは銃を、アルバはナックルを、クジョーは左腕にグローブ型パワードスーツを装備して。
『はあやれやれ。ここにきてまだ雑兵戦とは気が滅入りますが…相手は機械!先の三箇条は忘れなさい!思うまま!好きに暴れて結構です!』
カチリ
シラヌイの鞘が鳴る。シラヌイは前に立ちはだかると柄を握りしめた。
「蹴散らす。ひとつ残らず————行くぞ!」
◇
「ぶは―———―—ッ!!」
アルバが大きすぎるため息を吐いた。
「トラップだらけじゃねえか!ふざけんな!!」
先ほどのリフトの部屋を抜け、オートマトンに追われながらも別の部屋に走る。が、どの部屋にもさまざまな仕掛けが施されており、扉を抜けても扉を抜けても終着点は見えなかった。
息を切らす一同。肩で息をしながらルチアは顔を上げた。
「ふう、ふう…あっ、でもこの部屋、だれもいない…ぃい!?」
そう一息つこうとした瞬間、ごごご、と部屋が振動した。
「やっぱまだ何かあるんですね…」
今度は何だと一同の眉間にしわが寄ったとき、床のパネルがガコ、と浮くのが見えた。すると、そこから水が溢れだした。
「なんだあ!?」
『大変だ!大量の水が今この部屋に流れてきています!どうにかして止めてください!このままでは水が部屋を満たして…溺死します!!』
「冗談でしょ———―—!?」
「皆、これを」
シラヌイの声に一同は振り返る。彼の指す先、その壁には数字の書かれたボタンの並ぶパネルが設置されていた。
「このパネル…。成程。パスワードを入力すれば止められるというわけじゃな」
ピンポンパンポーン
状況にそぐわぬ、そして先ほどから何度も聞いた音が部屋に鳴った。
<はあーいイッセンですよん!そう!次は水遁の間!デデン!正しいパスを記入して水流をとめよ!!ちなみに制限時間は10分やでえ>
軽快なイッセンの声にアルバが頭をかきむしった。
「だ―————―—ッ!!」
「ヒントはなんですか!?」
<ええ~せやなあ。じゃあ特別にヒント!今まで出てきたオートマトンは合計何体でしょう!>
ぎょっとルチアが目を丸くする。
「ええ~っっ!おぼえてませんよ!覚えてるわけないでしょ!」
「エリヤ!わかるか!?」
『す、すみませんアルバ。流石に数えてはいませんでしたね…』
「そうか~困ったの~」
「は、はやく水を止めないとっ!!わぷ」
一同がそう話しているうちにも水は上がってきていた。今は既にルチアの首元まで来ている。水位はどんどんと増している。クジョーは既に頭を越えてしまい、足が浮いていた。
「大丈夫かよクジョー!?」
「正直やばいの!」
(わからない!どうしよう、どうしよう!)
慌てだすルチア。ルチアの足もまた浮いていた。
(こ、れは、ほんとに…!)
「が、ぼ」
クジョーがわずかに水を飲む。溺れる、そう思った時。
ざっぱあ!
「え…?」
水は音を立ててその水位を下げていった。
「39だ」
シラヌイの指はパネルを押し込んでいた。
「げほっ、ごほっ!!シラヌイ、なんで…?!」
「全ての敵の動きは見ている。当然、その数も覚えている…」
「流石じゃの!」
ニッカリとクジョーが満足げに笑う。
と、シラヌイの語尾が濁った。
「どうしました?」
次の言葉を待つ一同、少し詰まるようにしてシラヌイは小さく呟いた。
「…たぶん」
「たぶんんん!?」
「もし間違ってたらどうすんだよ!!」
ズコー!思わず足を滑らすルチアとアルバ。
所在なさげにシラヌイが苦い顔をして——シラヌイははっと気が付く。
「シラヌイ…?」
その眼光が鋭くなったことに気づいたクジョーは、ばっと振り返った。
「冗談やってる場合ではなさそうじゃの」
「やりますなあ~。流石ですわ!」
そこにはいつの間にかイッセンが立っていた。
「イッセン!」
にこにこと微笑みながら、乾いた音を立てて手を叩いている。
「大分頑張ってもらったんやと思ったんやけどねえ…。元気やねあんさんら。ま、それもここで終いや」
はっとクジョーは気が付く。その手に機械が握られていることを。
(まさか)
「ッ!」
ここは先ほどまで水場であった。気づいたとしても、避けられはしない。
クジョーが口を開くよりも先に、イッセンは高らかに叫んだ。
「スパ―—————ク!!!!」
「っがあああ!」「きゃあ!」「ぐう!」「———ッ!!」
部屋全体に駆け抜ける電流。それは一同の体を容赦なく襲った。
各々のうめきに、切羽詰まったようなエリヤの声が通信機から響く。
『皆!大丈夫ですか!?』
「ぐ、ぅ」
ルチアは膝をつく。立ち上がるにも、その体は痺れて言う事を聞かなかった。
「ずりい、ぞ。て、めえ」
よろりと足がもつれる。アルバはすんでの所でバランスを取り直すとイッセンを睨みつけた。
「確かに、これは、避けられん…な!」
クジョーは痺れる体を抑えながら不敵に笑った。
クジョーとシラヌイは比較的軽傷だったようで、依然イッセンの前に立ちはだかっていた。
イッセンはにんまりと満足げに笑った。
「なはは!戦いは何事も賢くいかなあきまへんで?…まあそういうことですさかい、サクッとやられなはれ!!そら、シビれていきなあ!!」
バチ!イッセンは帯電する機械に再び手をかける。
「シラヌイ!撃たせるなッ!」
「ああ!」
クジョーが叫ぶ、その声を皮切りにシラヌイは地面を蹴った。
「断つッ!はああ!」
瞬間的にイッセンの懐に入るシラヌイ。あまりの速さにイッセンはぎょっと目を丸くして後ずさる。
と、その時イッセンは足を滑らせ転倒した。
宙に投げ出される機械。それをシラヌイは音も斬る勢いで断ち切った。
ガシャン!
機械は床に落ち、ガラクタと化す。
床にしりもちをつき、イッセンは呆然とその様子を眺めた。
「ギュウ、やるやないの…こ、降参や…」
「え?」
たはは…と汗をたらりと流して苦笑いするイッセン。一同は驚きを隠せなかった。
「何だ?やらないのか」
イッセンは千切れんばかりの勢いで首を振る。
「いやいやいや!無理ですがな!勝てるわけないですやろ!勘弁してえな~!!」
何処から出したのか、イッセンは小さな白旗を振った。ぱたぱたと間抜けな音が聞こえる。そしてついでにというようにイッセンの背後の扉がシュンと開かれた。
アルバは顔を引きつらせ、呆然と呟いた。
「う、うそだろ。こいつ本体激弱じゃねえか」
「扉開いちゃった…」
予想外の展開に拍子抜けするルチア。やれやれと空気の緊張の糸が切れる。
「ま、まあ勝ったんですし。行きましょうか…」
そう言ってルチアは腰を上げる。
そしてイッセンを通り過ぎようと歩みだした
その瞬間。
「油断やで、お嬢さん」
「え…?」
————イッセンの手には黒い鉄扇。それは音もなく刃を開く。
「<光折・サイレントスピア>」
光の屈折により隠されていた凶刃、それはルチアに襲いかかった。
「ッルチア!!」
即座にシラヌイは刀を返す。ギラリ、剣線が光を放った。
「げぼ、あ、い、たた。容赦、ない、なあ」
「な」
床に滴る赤い血。
口から鮮血が溢れた。
イッセンの腹には深々とシラヌイの刀が突き刺さっていた。
『シラヌイ!?』
焦るエリヤの声。が、当のシラヌイは信じられないものを見るように目を見開いていた。
(違う。今、俺は鉄扇を弾くために…。剣筋は確かだった!まさかこの男は…)
「な、はは…こりゃあ、痛い。流石に、死んでまう」
イッセンはそう言うとシラヌイの刀を掴んだ。
『待ちなさい!そんなことをしては———』
エリヤの制止の声も聞かず、イッセンはその刀身を腹から引き抜いた。
血が噴き出す。返り血がシラヌイを汚した。
「な…」
「げ、ほ、うぇ」
だらだらと口から血が溢れる。
動揺するシラヌイ。その背でアルバは急に冷たい目で呟いた。
「ああ成程、そういうこと」
『クジョー!ひとまず応急処置を!血を止めてください!』
ふらり、イッセンは赤い液体を滴らせながら扉の方へ後ずさる。血の道が扉へ続く。
そうして扉の前で力を失ったように膝を折った。
が、その体は倒れることはなく。
「あ…?」
開いた扉の向こう、そこから現れた影がイッセンを支えていた。
動揺したようなその声の主、その姿が一同の目の前に晒された。
「イッセン…?おまえ、それ、どうした?」
一同ははっと息をのむ。
そこには大槌の少女、シャルルが立っていた。
顔面蒼白、わなわなと唇が震える。
信じられないものを見るように、その視線はシラヌイらに向けられた。
「誰が、やりやがった…?」
その時、シャルルの瞳は蒼く染まった。
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