18話 デッド・オア・アライブ



———応答セヨ

———応答セヨ



一人(友人を)殺した

二人(恋人を)殺した

三人(師を)殺した

そのあとはもう覚えていない

死は、教わったよりも易かった

そして心は、不思議と悼まなかった



———応答セヨ



いつになれば自分の番がくるのか

戦場に立つのは常に己ひとり


「こちら、異常なし」


















「はあ、はあ、!!」

「急ぎましょう、日没まで、時間がありません!」

「ああ!」

エリヤがフロアのマップを解析する。

出来る限りの戦闘を避け、一同は最後のエリアを抜けた。

走り続ける。しばらくすると、開けたフロアに出た。

エリヤは立ち止まり口を開く。

「この先が、レガリア・コアの間です」

「ついに…」

ルチアが固唾を飲む。

目の前には大きな扉。重厚な鉄の扉がそこにあった。

(…)

シラヌイは目を細めた。

見上げるほどの鉄の扉。

その先に、彼が居る。

「———行こう」

シラヌイがそう言い、扉を押そうとした時。

コツ

足音が聞こえた。

ルチアははっと顔を輝かせ、振り返る。

ああ、よかった。無事だったのだと。

「クジョー!よかった…」

一同は振り返る。

そこには血まみれのネクロが立っていた。




「う、そ…」

ルチアとエリヤは目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。

「不可避。お前たちは死ぬ」

冷酷、無常。

何の色も持たない声がそのフロアに響いた。





エリヤは静かに二人の前に立つ。

ルチアはおずおずと見上げた。

「エリヤ…?」

「行って。私ではどこまで凌げるかわかりませんが少しは~う、ううん、ほんとちょびっとですが時間、稼げるかも!あ、それにナノマシンも破壊されているようですしワンチャン!ね!」

カッと、熱くなるのを感じた。ルチアは思いのままに叫ぶ。

「そういって!!エリヤもまた死ぬのですか!?!?」

それでも尚、エリヤはほほ笑んでいた。

「やだなあ。私もすぐ向かいますだから大丈夫」

「っ!で、でも」

「いいから行きなさいッ!!」

「———!」

びくりと、ルチアは肩を震わせる。涙が滲んだ。シラヌイを見る、シラヌイは拳を握りしめ黙していた。

エリヤは二人を背にしてネクロに立ちはだかる。

「何としても、貴方たちはブレインのもとへ行かなくてならないのです!!会わなくては、救わなければいけない人がいるんでしょう…!!」

そうエリヤが叫んだ時。

それは刹那。

気が付けば、ネクロの刀はエリヤの目前に迫っていた。

目にもとまらぬ速さ。一同は息が止まった。

「話は済んだな?では———死ね」

(しまっ―———————————————)


—————————ミシ

その時、床が僅かに揺れた。

振動によりネクロの剣筋がずれる。刀の切っ先はエリヤの前髪をかすめた。

見れば、床には亀裂が走っていた。

—————ミシリ

再び床が軋む。と、思った瞬間ネクロの足元は音を立てて崩壊した。


ネクロは崩れ行く床の上で刀を構える。そして斬撃を放とうとして———


瓦礫と共に下層に落ちていった。

ズガァァァン!!

一同はその轟音にハッと我に返った。

「え…?」

一瞬の出来事。気が付くと目の前の床はぽっかりと穴を開けて失われていた。

ルチアは驚愕していた。

「な…今のは…」

「…今のうちだ、いくぞ!」

シラヌイはそう言うと背後の扉に向き直った。

「エリヤ。お前も一緒に行くんだ。お前にも、話したい奴がいるだろう」

はっとエリヤはシラヌイを見る。その背から顔はうかがえない。

「ええ…。そうですね」

エリヤはそう言うと、困ったように眉をハの字にして笑った。

目の前には大きな扉。重厚な鉄の扉を、シラヌイは押した。

その扉は重々しくもその門を開く。

それぞれに、様々な想いを抱え、一同は足を踏み出した。


ルチアは振り返らず、心の中で呟いた。

(速かったけど。わかる)

(また、助けてくれたんですね)

「どうか、ご無事で―———」











ズガァァァン!!

激しい音。

瓦礫は真っ逆さまに落下した。土煙が舞う。

そこは広く円柱状に広がった部屋だった。

土煙の中でネクロは身を起こす。

再生ナノマシンはもう機能していない。体中に痛みが走った。

「—————」

その瞬間、全身を殺意が駆け巡った。

体のすべてが悦び昂揚するのが解る。がしかしネクロは何一つ変わらない無機質な様子で口を開いた。

「また死に底なったか?ムラサメ」

数メートル離れた先。そこには煙草を吹かすムラサメの姿があった。

ムラサメは血塗れの唇から白い煙を吐いた。

「お前の相手は、僕だ。そうだろ」

「…そうだな―—————無幻・抜刀術<ファントムペイン>」

瞬間、飛び散る火花

瞬く間にネクロはムラサメに迫り、鉄槌と刀は衝突していた。

「無駄だ」

「落胆。やはりこれではお前を斬れんか」

「ッは、嬉しそうな顔しやがって。何度見てきたと思ってるんだ。僕には遅くて仕方ない、よ」

ムラサメの姿がぶれる。

「かつても今も。お前には散々手こずらされてきた。だが今日こそ決着をつけてやる。その能面面ともおさらばだ」

多方向から放たれる打撃。ネクロはそこに立ったままその全てを弾いた。

(やはり早い)

「お前は、己の剣を受けてもなお、己の前に立つのだな」

ネクロはそう言うと何もない空間に斬撃を放つ。とそこにムラサメが姿を現し互いの攻撃が弾かれた。

二人は床を蹴り、間合いを開けた。

「問う。お前はシラヌイに敗れた。戦う意義など、そこでもう断たれたはず。だというのになぜ再び武器をとった」

「…この刃、ローズブレインに届かないと言われようと引き返す道は既に無い。この刃を収める鞘はとうに失った。武人の定めだ。それに僕にはどうやらまだ役目があったようだからね。彼らの道を阻ませはしない。

…終りにしよう、お前との因縁もここまでだ」

「そうか」

ネクロが短く答えた、その言葉を皮切りにムラサメは床を蹴る。

瞬間的な接敵。ムラサメはネクロの懐に入りその鉄槌を叩きつけた。

鈍い音。

肉は切れ、血が噴き出した。

「何…?」

ネクロは避けなかった。

「捕まえたぞ」

「な」

ネクロは、右半身を穿つ鉄槌を持つムラサメの腕を掴んだ。

そして引き寄せると同時に、ムラサメの腹に刀を突きさした。

「が、ふ」

ムラサメは吐血する。その血を顔面に浴びながらネクロは口の端を釣り上げた。

それはこの男の初めてみせる”表情”だった。

「その胸の十字をお前に刻んでやった。あの時からずっと、お前の、その眼が忘れられなかった。今理解した。何故この己がお前に焦がれるのか」

「な、に」

「ムラサメ=タイガ。お前は己と同じなのだ」

「は?」

ムラサメの顔が引きつる。額に青筋を浮かべてムラサメはネクロの胸ぐらを掴んだ。

「ふざけるなよ」

口の端から血が零れる。

憎悪に満ちた瞳で、ムラサメはネクロを睨みつけた。

「同じなものか。愉しむことも悲しむこともなく、依頼は何であろうと受け、ただ作業の如く殺戮を繰り返す!機械人形の如き、処刑人と呼ばれたお前と同じなど…」

腹に突き立てられた刀身が更に深く刺さる。

だが痛みはない。感覚を停止させた体に痛みはなかった。

「シラヌイに命を拾われたんだろう?」

ネクロは刀の柄を握る手に力をこめる。深く、刀身が刺さる。

「だというのにお前は再び武器をとった。ここに来た。この己を求めた」

「違う!誰がお前のような悪を求めるものか!悪を憎悪する事はあっても、悪を求める事などあってはならない!」

「解らないのか、自身の本質を」

ムラサメは固唾を飲んだ。

息も触れようかというほどの距離、ネクロは更にその身を引き寄せると静かに口を開く。

「鉄臭い血、滲む汗。硝煙と、肉の焼ける匂い。ああ…、これだ。どれも懐かしい。匂う、匂うぞ。あの時代に染み付いた戦場の匂いが」

ムラサメは絶句する。

ネクロの胸ぐらを掴んでいた手はするりと離れた。が、腹に刺さった刀が逃がさないとでも言うように体を貫いたまま離さない。

「この体が何よりの証拠。あの時の高揚を。お前は忘れられないのだ」

「あり得ない、そんなことは。それは正しく———悪じゃないかッ!!」



——悪を殺す!ただそれだけを望む!

この終わらない衝動<殺意>が!今この体を動かしているんだ!



ムラサメは目を見開く。

その口が放った言葉が、激情が脳裏に駆け巡った。

「は…」

ネクロの背筋も凍る冷たい声が聞こえた。

「生きるため、殺し。守るため、殺す。そうして積み重ねた死に贖うために血を散らし戦う。

それは欺瞞的な罰であり救い。

この連鎖からは逃れられない。

悪を滅ぼすと言いながら。その悪がなくては生きていけない」

息ができない。

口から溢れるのは赤い血だけ。

ムラサメはネクロの言葉を飲んだ。

「乾くのだろう?それは―——―—お前もまた誰かを殺さねば生きられぬ、処刑人<悪>だからだ」

瞬間、ムラサメは突き刺さった刀も構わず勢いよくネクロを蹴り飛ばした。

勢いもそのままにネクロは吹き飛ぶ。一直線に壁に叩きつけられると、ネクロは血を吐いて口を歪ませた。

「そうだ、その顔だ。その顔がみたかった!!その絶望の向こうの虚無。そうだ。この世は正義などないか正義しかないのだ!!だからこそ戦場はいい。単純明快。生きるか死ぬか。それだけだ。処刑人は血の上でしか歩けぬ!!己らは血を流してでしか生きられんのだ!!」

「認めて、なるものか。そんなものは、悪だ」


「悦べムラサメ。お前が求める"誅すべき悪<生きる理由>”は、ここに居るぞ」


ムラサメの姿がかき消える。

ネクロもまた姿勢を落とし、床を蹴った。

時間という概念、重力という概念を超越した高速の世界。

二人は、二人にしか見えない世界で激突した。

「ク、ハハハハハ!!その殺意だ!!心地よい、実に小気味よし!!」

「殺す、お前だけは、何としても、殺す、殺す!!!」

憎悪、憤怒、溢れだす限りのどす黒い感情が溢れだす。

「そうだ!殺し合おう、どこまでも!その殺意を解放しろ!お前だけが己を、己だけがお前を殺せる!!!」

目にもとまらぬ攻防。双方は血をまき散らし叫んだ。

「この時を待っていたのだ!己は!!故にこの刹那、全霊をもって応えねばならん!!!」

「死んでくれ、ネクロ」

「ああ。いいとも!この胸の虚を抉り合おう。この骸の男、至高の嗜虐を持ってお前の生を否定する!!!!」

痛みも、時間も、我も忘れ

ムラサメは殺意に身をゆだねた。


「今よりこの僕が、お前の墓標だ」












————どれほどの時間が立ったのか。

永遠とも言える一瞬。

現実、それは数分の出来事だった。

ひと際激しい火花を散らし、二人は距離を取る。


「そんなものか?まだだ、そうだろうムラサメ=タイガ。その首の強化装置の出力を上げろ。傷み悼むことなどもう必要ない。満たしてくれ!この渇きを!互い、果てるまでッ!!


”己”はまだ生きている。否定しろ、この世に在ってはならぬ、”悪”は屠らねばなあッ!!!」











「――————―—…限界点突破・超倍速<オーバーロード・クイックアクセル>」

瞬間。

鮮血が舞った。

「が、は…」

ネクロは血を吐く。その体は鉄槌によって抉られていた。

体は再生しない。

「そうだ、それでいい。決して、悪を許すな。ムラサメ」

「…」

「終わるのか…やっと。これが、死。ハハ。存外、呆気ないものだな」

ネクロはそう一人呟くと、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

「…。ぁ…?」

その音に、ムラサメの散らばった意識が返ってくる。

焦点の合わない瞳は倒れたネクロを見つめた。

「おい寝るな。まだだろ、まだ戦いは終わっちゃいない」

返答はない。

「おいよせよ、お前は、不死身なんだろう。これからだろ!ネクロッ!!起きろ!!!起きてくれ、まだ終わってない。終わってたまるか、なあ、ネクロ!!………が、は」

ムラサメは喀血した。肺が焼けただれたかのように痛みを主張する。

足元が揺れ、ムラサメの視界は衝撃と共に暗転した。

冷たい濡れた床の感触。

その感覚も次第に薄れる。

「何処にいる。ネクロ。お前が居なくて、一体僕はこれから何を憎悪すればいい」

手を伸ばす。それがどこを指しているかもわからない。

「敵は、どこだ。僕が、討つべき悪は……!?僕を罰してくれる処刑人は………ッッ!?」

全ての感覚が失われた世界でムラサメは自身の声を聴く。

彼は笑っていた。

「いや、ここに、居るじゃないか。は、はは。………ははは!」

ムラサメの手には十字の鉄槌。鉄槌を掴む手に力がこもる、が、それはすぐに緩んだ。

何かが、頬を伝った気がした。

「ああそうかい。お前はずっと………一抜けだなんて、ずるいぜネクロ」










「———————ッッ!!ぁ"あ"あ"!!!」

ムラサメは叫ぶ。

それは絶望だった。限界を超えた限界が見せた、起こりうるであろう絶望。その影を振り払うように、ムラサメは刮目した。

「視えた、最悪の未来!!させるか。お前の思い通りには!!」


ムラサメは首に着けられた黒いチョーカー<強化装置>を掴んだ。

そしてそれを力の限り叩き壊すと、勢いよく床に叩きつけた。

「あ、ぐ」

瞬間。

今まで抑制されていたありとあらゆる感覚が負積となってムラサメに襲い掛かった。

「———————————」

噴き出す汗、激痛に体を抱く。

ムラサメは声もなく絶叫した。

痛み

痛み

痛み

痛い

(だと、しても)

歯を食いしばり、目を見開く。

と、その目前に何かが飛来した。

「…!」

見れば、そこには細槍が床に突き立っていた。

「雨ノ風切………」

ムラサメは荒れた呼吸のままに、目の前の槍を掴む。それは手に馴染み、まるで体の一部のように感じた。

重い鉄槌が指からすり抜ける。

ムラサメは槍を抜き、立ち上がった。

「…こいつを、使う時はもう無いと。そう思って居た」

槍は静かにその手のひらに収まっている。ムラサメは激痛を堪えながら幽かに微笑んだ。

「ああ、そうかい。

そうだな。行こう、雨ノ風切」

「…馬鹿な、今更そんな細槍一つでは己は殺せんぞ」

ムラサメは槍を構える。張り付いた前髪の隙間から見えた瞳には光が宿っていた。

「諦めるわけにはいかない。例えこの祈りが偽善だとしても、この僕を許した男がいる。僕を生かした仲間がいる。ならば倒れるわけにはいかないんだ」

ネクロは刀を握りしめた。

「…そうか。お前は」

言葉を飲み込む。ネクロは静かに刀を構えた。

「最後の一突に全てをかけるか…いいだろう」


ふわり、風が巻き起こる。

両者は互いに刃を構えた。


「偽物でもいい。

あの胸の熱さが思い出させてくれた。

己が戦場は夢の跡!そこに守れたものがあるならば!

信じ続ける。いつか偽が本物になるように。

正義を諦める訳には——————いかないんだッ!!」

カッとムラサメの目が開かれる。その気迫に風が吹き荒れた。

「ここが正念場だ。今ここに過去を清算する!!細かい事は全部抜きだ!!研鑽を重ねた刃技こそ己が全て!行くぞ、ネクロ!明日を生きる己が神速の一撃、その身に受けるがいい!!!!」

「来いムラサメ。お前の全てを見せてみろ!全霊の悪魂を込めてその一撃を否定するッッ!——はぁあ!!」




「地に降り注げ村雨ッ!その斬下を俊殺するッ!!己は邪を退け妖を治める刃ッッ!!」


「繞れ、廻れ、来たれ、至れ!!——輪廻解消!!虚ろなる淵、その皆無に全ての無常を飲み下さんッ!!」



「疾走せよ―———<逆煌・羅刹天衝>!!!!」

「————<デッド・オア・アライブ>!!」




煌めく閃光。

両者の刃は音を置き去りにして衝突した。







白い刀身が宙を舞う。

折れた切っ先は数回旋回するとネクロの目前に突き刺さった。

両者互いに背を向けて停止する。

沈黙の後、ネクロは口を開いた。

「ここで己を殺さなければ、幾度となくお前を殺しに来るぞ」

その体に創傷はない。ネクロは折れた刀を強く握った。

ムラサメは血を吐いて口を開く。

「かまわんさ。何度でもこの心臓を狙うといい。お前の刀を鍛え直し、再び僕を殺しにくるがいい。僕は逃げん」

痛みが走った。だが眼光は鋭く、ムラサメは言葉を待つ。

「理解、不能」

「単純だよ。ろくでもない人生だって、生きてりゃそのうちいい事もある」

ムラサメは目を閉じ笑った。

「…なんてことは言わん。何、この僕と本気で渡り合えるのはお前だけだ。だから…簡単に死なせてやるかよ」

「………………クッ、ハハ、ハハハハ!!!!」

せきをきったように笑いだす。ネクロは覚束ない足取りで一歩踏み出した。折れた刀身を見つめる。不思議な感覚がした。

「どこまでも傲慢な…………男だ」

ゆらり、ネクロの体が揺れる。ネクロはムラサメを背にしたまま、折れた刀を構えた。

ドガン!

折れた刀身から放たれた斬撃波、それはネクロの目の前の壁を斬り取り穴をあけた。

大穴からゴウと風が吹き込む。

ムラサメは部屋に吹き抜けた突風に背後を振り向いた。

見ればネクロは壁に手をかけていた。ネクロの血に染まり黒黒とした紫色の服が風にあおられる。

「さらばだ己が運命。次会う時、己は今度こそその十字から心臓を抉り抜いてやろう」

ネクロはそう言うと床を蹴った。

壁の空洞から夜闇が見える。ムラサメは駆け寄ることなく落下していくネクロを見つめた。

ここは塔の上層。

地上まで数キロあるだろう。

しかしムラサメは口の端を上げて笑った。

「はは、デートのお誘いをされたんだ。楽しみにしてるよ。ネクロ」

懐に手を入れ煙草を取り出し火を着ける。それは自身の血に濡れ火は付かなかった。

はあ、と眉を下げてムラサメはため息をつく。

「まあいいか。一服するのはよしておこう。体をいたわれと、さんざん怒られたからね」

ムラサメは喀血する。口元を拭うこともなく、濡れた煙草をムラサメは放り捨てた。

「この手は未だこの血を奔らせる。僕はまだ…そちら側の人間にはなれない」

誰かに語り掛けるように天井を見上げる。そこには彼の開けた穴がぽっかりと開いていた。

「”ここ”を出るときはあいつも連れていく。だからこそ…今は託す。道は開かれた、頼んだぞ」


ムラサメはそういうとその場に倒れた。手足を放り出し、枯れた声で笑った。

今は何故か、体が軽く感じた。

「それにしても…つかれた~」




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