3話 遊撃のシャルル
立ち話をする人
買い物をする人
石畳を駆け回る子供たち
そこでは誰もかれもが生活していた。
ここは都市の中心部、中央街だ。
広場の中心には、螺旋模様の掘られたオブジェのような”大きな石板”が立っている。
名を”レガリア”。中心広場だけでなく、北、南、西、東に設置されているそれはこの都市を支えるIFエネルギーの分配装置である。
「これがレガリア…」
近くで見たいというシラヌイのもと、この広場にやってきた二人。
まじまじとシラヌイはその石板を見て呟いていた。
「私のこの銃も、乗り物も…大体の機械はレガリアから送られるIFエネルギーで動いています。ほら、地面を見てください」
シラヌイはレガリアの足元、その石畳をみる。するとそこに光の管が何本も地面に伸びていた。
血管のように枝分かれしたそれは青い光を脈打たせていた。
「環境そのものを支えている…言葉通りの生活の支柱ですね。家で配線コネクタとか見たことありませんか?」
「家はない」
「そ、そうですか…」
ルチアはレガリアを見上げ、呟く。
「ローズブレインは、どうしてあんなことを。IFエネルギーを見つけ生み出し、レガリアを作った。国を再生した…。死後も救世主と呼ばれた彼が、どうして…」
脳裏によぎるのは鮮血に染まった礼拝堂。ルチアはぎゅっと、拳を握りしめた。
「ルチア」
「っ、あ、はい!」
「ありがとう。満足した」
シラヌイはそういうとレガリアから離れ歩きだす。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
ルチアはシラヌイを追いかける。
ふと、壁の張り紙に目がついた。
そこにはテロリスト<シラヌイと思わしき男を描いたようなまるで落書き>の指名手配書が貼られていた。
「うわ。ほ、ほんとに…指名手配されてるんだ…」
思わずがっくしと肩を落とすルチア。当の本人であるシラヌイは平然として言った。
「俺たちの相手は都市を統率するヴァンガードそのものだからな。やりたい放題さ」
「わかっては、いたつもりだけど…」
「いずれは本部にまた突入することになるんだ。テロリストで間違いない」
シラヌイは先ほど買った林檎にかぶりついた。のん気なものだとルチアはため息をつく。
「はぁあ~どうなるんだろう私…勢いのままについてきちゃったけど」
「まずはブレインのあの力を探らねばならん。蒼い光。あれの対策をしない限りは突入は不可能だ。だから情報が欲しい所だな」
「ちゃんと考えてはいるんですね」
「ああそうだ、あと武器が欲しい」
「え?あの時持ってましたよね、剣」
ルチアはシラヌイの腰元を見る。本部襲撃の際に見た銀剣はもう腰に下げていなかった。
「あれはそこらにいたヴァンガードから拝借した物だ。折れたから捨てたが」
「ぇえ!?じゃあ手ぶらでヴァンガード本部に侵入したんですか!?」
「そうなるな」
頭を抱えるルチア。シラヌイは首をかしげている。
(はぁぁ~!?やっぱ滅茶苦茶だこの人!)
「どうした」
「い、いえ!お気になさらず!」
「ん、ルチア。前」
「えっ?なん———あいだっ」
どんっと壁にぶつかる。が、ルチアが壁と思ったそれは壁ではなく。
「あ”~!?嬢ちゃんてめえ何してくれてんだあ~~!?」
「げ」
面倒な展開の気配。ルチアは血の気が引く感覚を覚えた。予想は的中した。
「腕が、腕が折れちまったよ!いってえ~」
「あ、当たり屋だ———」
まるで盗賊のような粗雑な男。その背後から、近しい風貌の男たちがわらわらと現れる。二人の前に立ちはだかる彼らからは、明確な怒りを感じる。簡単には解放してはくれないだろう。
そこへシラヌイが間に入った。
「今ので骨が折れたのか。よほど貧弱なんだな。どれ見せてみろ」
ルチアの背筋にざあ、と冷汗が流れた。制止しようと伸ばした手は空をきる。
「ひ、貧弱だあ!?てめえこの俺をなめてんのか!?」
「あわわわわ」
「ゆるさねえ…ちょっと金を巻き上げてやるつもりだったが、地元最強の俺を貧弱扱いした以上ただでは返さねえぞ!」
男は肩を鳴らし、後ろにいる下っ端であろう男たちに怒号を放つ。
「やるぞてめえら!クソガキに身の程ってもんを教えてやる!」
「アイサー!!」
「やるのか?わかった。相手してやろう」
表情一つ変えず拳を鳴らすシラヌイ。しかしそれは火に油、男たちは更に激情した。
「ッカ~~!仕切ってんじゃねえ。そのすました顔を吹き飛ばしてやる!」
向かい合う男たち。
ルチアは頭を抱え空を仰いだ。
「も~~~どうしてこうなるのよ———!」
————数分後。
「ギュウ」
「死屍累々!シラヌイどうかご容赦を!死んでしまいます本当に」
路地裏には無造作に男たちが伸びていた。意識のある最後の一人にシラヌイは拳を振り上げたが、ルチアの声に動きが止まる。シラヌイは振り向く。表情は変わらない。
「加減はした」
「ヒエ!完膚なきまで叩きのめしておいて?」
若干の恐怖を抱くルチア。そうして話していると、男たちが意識を取り戻す。
「ひいい!お、おぼえてろ~~!」
「まってくだせえアニキ~!」
当たり屋たちは捨て台詞を吐き、支えあいながら逃げ去っていく。まるで足がぐるぐると回りそうな勢いで。
その様子をルチアは渋い顔をしながら見送った。
「もう来なくていいです」
「逃がしていいのか。何か有益な情報をもってるかもしれんぞ」
さ、と素早くシラヌイの腕をとる。ルチアはそのまま静かに首を横に振った。
「いえ、それはありません。あればどう考えてもただのチンピラです」
「そうか」
(行く先が不安だ…。このままついて行ってもいいのだろうか…。天国の母さん!私、大大ピンチです!)
「…。ルチア」
「はい?」
「来い」
シラヌイはルチアの手を取る。かと思うと、街の外れへ引きずっていった。
「へ?え?なななに…」
頭上に疑問符を浮かべながら、引きずられてゆくルチア。
「ちょ、ちょっと!何ですか?説明を…こんな郊外の森まで連れて…」
そう言いかけた時、ルチアの体が投げ飛ばされた。
「でええ!?」
驚きに目を見開くルチアの髪を、何かがかすめた。
バランスを取れずごろごろと地面を転がる。
「ちょっとシラヌイ!なにするんですか!!」
抗議の声を上げながら立ち上がる。が、鳴り響く轟音に呆気を取られる。
目の前の木が、腹の部分をへしゃげさせ音をたてて倒れていくのだ。
「な…」
そこは先ほどまでルチアが居た場所だった。
激しい衝撃に身がすくむ。
突然の事にルチアは顔を引きつらせた。
「あは、は…」
「チッ、よけてんじゃねえよクソ雑魚!」
「!」
声をした方を見る。そこに居たのは桃色の髪の少女だ。名をシャルルと、先日ローズブレインはそう言っていた。
その手には身の丈ほどの大槌が握られている。
「貴方はあの時の」
思わず礼拝堂での事が頭をよぎる。冷たいローズブレインの瞳を思い出し、ルチアは頭を振ってかき消した。
シャルルは舌打ちをして唾を吐き捨てた。見るからに怪訝そうな表情である。
「いつから気づいてた?癪にさわんだよな、そういうの」
シラヌイは静かにシャルルを見据えた。
「はじめからだ。何の用だ?」
「ッハ。用だあ!?んなもんねーよ!ムシャクシャしたから殴りにきたんだよ!」
「なっ」
「特にオマエ、オマエだよ!トサカ頭!」
ずびしい!と音を立てんばかりにシャルルはルチアを指さす。
「わたし…?」
「弱いくせに出しゃばってよお、何だ?オマエみてえなのは隠れて逃げ回るのが相応ってモンだろ。なのに…、ぁあイライラする、そういうの、大嫌いだ。におうんだよ!くせえギゼンシャのにおいが!アタシはそういうのが!いっちばんムカつくんだよ!」
シャルルの周りの空気が変わる。
桃色の髪が逆立ち、辺りに風が巻き起こる。
エメラルド色の大槌がふわりと細腕に持ち上げられた。
「ルチア、くるぞ」
「はい!」
「ッハ!憂さ晴らしだ…。アタシは遊撃のシャルル。オマエらまとめてペシャンコにしてやるよ!」
ドォン!
爆風が吹き荒れる。
重い金属音、散る火花。
牽制に撃つルチアの銃弾は弾かれてゆく。
「ほらほら!早く弾をチャージしねえと死ぬぜ!」
息をつく間もなくくり出される打撃。ルチアの銃弾を避けつつシャルルの攻撃をいなしてゆくシラヌイ。
「ルチア、子供と思って油断するなよ。相手は本物だ」
その言葉にシャルルは眉をひそめる。
「油断ン?一番なめてやがんのはオマエだろうがッ!」
もてあそぶように、大槌を手の内で回す。そしてその大槌を地面に叩きつけた。
巻き起こる爆風。
土は抉れ芝生は削れた。
「この世の中、強え奴が正義。みーんな皆!一切・合切———粉砕してやらぁ!」
ッハ、とシャルルは笑い飛ばすと大槌を頭上に掲げる。
「D・Dスター、展開!」
その言葉に反応するように、大槌は金属音を立てて変形してゆく。
「な…!?」
ガチン
ガチン
ガチン
驚愕するルチア。目前には、姿を変え重量を増した大槌が掲げられていた。
それはゆっくりとシラヌイに影を落とす。シャルルはニヤリと笑うと大槌に力を込めた。
「圧殺だッ!ツブれろ—————<DEATH・インパクト>ッ!!」
辺りに轟く衝撃波。それはシラヌイごと地面を抉った。
「シラヌイ———ッ!!」
ルチアの叫び声が響く。
地面には大きなクレーター。
シャルルは満面の笑みを浮かべ言った。
「勝った!」
が、その独り言に返事が聞こえた。
「これがお前の”技”か」
「え?」
きょとんと目を丸くするシャルル。
その瞬間。
ドッ
地面に叩きつけた鉄槌が、まるで叩き返されるように吹き飛ばされた。大槌の重さに振り回され、シャルルの体も同時に飛ぶ。
「————————————ッ」
一直線に後方に吹き飛ぶ大槌。それはシャルルごと何本か木をなぎ倒した後、その勢いを止めた。
土煙がまう。
抉れた地面のクレーターには、シラヌイが立っていた。
何一つ、かすり傷一つない姿で。
「ッげほ、ぐ。なんだ、コイツ」
シャルルはぐったりと木に背中を預けたまま、唇を噛み、前方のシラヌイを睨んだ。
けだるげに唾を吐く。シャルルは大槌を元の姿に戻し立ち上がった。
「素手でアタシのD・Dスターを打ち返したってのか?バケモンかよ」
「お前の言う正義に応えただけだ」
ピキリ、シャルルの額に青筋が走る。
大槌を握る手に力が増す。
「コケに、しやがってッ。こ、のぉ―————」
シャルルが駆けだそうとした時、彼女の動きが止まる。
呆気にとられるルチアをよそに、シャルルは大槌を下した。
「ッチ。命拾いしたな」
「え?」
「ここまでだ。そもそも今日はアイサツしに来ただけだ。実力を試しにな」
「その割には熱くなっていたようだが」
シャルルは舌打ちをする。
「いちいち癇に障ンな。クソッ、イッセンめ。まあいい!愉しみは後に取っておくのも悪かねえ!また会おうぜ能面野郎とトサカ頭!その時は、今度こそグチャグチャにしてやるからさあ!」
シャルルはそう言い残すと地面を蹴り飛びあがった。
土煙が舞い、彼女の姿を隠す。煙幕が晴れた頃にはシャルルの姿は消えていた。
肩を落とすルチア。ほ、と胸を撫でおろす。
「はあ…良かった。ってそうだ。シラヌイ、腕!」
シラヌイの腕をとる。見れば、シャルルの鉄槌を撃ち返した腕はあらぬ方向へ曲がっていた。
「ああ平気だ。少し折れただけ。大した怪我じゃない」
何でもないようにシラヌイは折れた手を振ってみせた。
ブランと曲がった腕の様子にルチアはぎゃあと悲鳴を上げる。
「それはどう考えたって大怪我ですが!?」
「そうか」
「あぁあでもどうしよう。診療所に連れていくにも指名手配されてるし…うぐぐ」
ころころと表情を変え唸るルチア。その様子にシラヌイは小さく口の端を上げた。
そこへ声がかかった。
「お困りのようだな、嬢ちゃんたち」
「えっ」
反射的にびくりと構えるルチアは辺りを見渡す。人の影はない。
警戒するルチアに、声の主は続けて言った。
「おっと!かまえんなって物騒だな。そこの兄ちゃんの実力はさっき見せてもらった。片腕でも俺なんかじゃ敵いっこねえからな。勘弁してくれや」
「何のようだ」
「兄ちゃんらに会いたいって変わりもんがいてな。俺はその案内を頼まれたのさ!ああ勿論そいつに邪な考えはねえ、ヴァンガードとも関係ない。俺は信用ならないがそいつの事は信用していい。それに兄ちゃんの腕、治療してやれるぜ、いい話だろ?」
都合の良すぎる話だ。だがそれ故に怪しい。
う、とルチアは思わず後ずさる。
「胡散臭い…。そういうなら顔くらいだしたらどうです」
その言葉に、どこからともなく笑い声が返ってくる。
「だよな!俺も思う。でも怖えんだよな~、でてった瞬間タコ殴りにされたりしない?俺、痛いのヤよ。大丈夫?」
軟派な口ぶりにルチアは顔を顰める。はあ、とため息をついた。
「そうですか。だったら結構です。他をあたります。行きましょうシラヌイ」
「ん?ああ」
ルチアが呆れ顔で、シラヌイを連れその場を去ろうとした時。
「ちょいちょーい!まてまてまてーい」
がさり
草葉の陰から、恰幅のいい長身の男が姿を現した。
やほ~と手をふり、男が二人の前に立ちはだかる。男はアシンメトリーな紫色の前髪をかきあげ、二カリと笑った。
「よッ、色男すぎて驚いたろ?」
「うわっ思った以上に胡散臭い!」
ルチアの言葉に男はズザ——と転びひっくり返る。
「おいおいお嬢ちゃん、俺の顔みてそれ?超ナイスガイの間違いじゃない?」
「はあ…。まあその様子から敵意がないのはわかりましたよ。それで名前は」
「えっ雑~~!いやしかしチャンスは逃せないこの俺ちゃんであった!」
男はしたり顔で指を鳴らす。
「はいっミュージックスタート!」
「えっ、なんだと」
シラヌイは嬉々として辺りを見渡すが、勿論それらしいものは見当たらない。
代わりに木の葉ははらり、木々がさわさわと歌う。男は続けた。
「どんな夜闇にまぎれても、狙った獲物は逃さない。バキュン!超ハイパーハンサム、ナイスガイの代名詞!———みんなこの名を覚えていきな!俺の名はエリヤ=サンチェス。ッ恋の狩人さあ!」
ぱんぱかぱーん!
という音は二人には勿論聞こえるはずはない。じっとりとあきれ顔で、かたや残念顔で二人はそれぞれ男を見つめた。
「「…」」
男、エリヤは二人に向けウインクして言った。
「ついてきな!兄ちゃん、嬢ちゃん。お前らを俺の雇い主ンとこに招待するぜ!」
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