4話 反逆のヴィジランテ
男は小さく息を吐き、空を見上げる。
白い雲に晴天、暖かい陽が差していた。陽の光にモノクルがきらめく。
黒髪を後ろに束ねた優男は一人呟いた。
「はあ。アルバはちゃんと役目を果たしているんでしょうか…」
◇
路地裏を歩く。
先頭にシラヌイを置いて、次にルチア、その後ろにエリヤがついていた。
「あ~そこ次左ね」
エリヤの言葉にシラヌイは従い路地裏を進む。建物の陰になっており、そこは昼間にしては暗くなっていた。
ぼんやりとシラヌイは独り言ちる。
「外は暖かいな」
「ああっ!シラヌイが暇すぎてぼんやりしてきたじゃないですか!」
虚空を見つめだしたシラヌイに、しびれを切らすルチア。ルチアは振り向いてエリヤに抗議する。それに応えるように、エリヤは両手を頭の後ろに組み、ヒュウと口笛を吹いておどけて見せた。
「いいじゃねーの。暇は好きだぜ。難しいこと考えなくていいだろ?」
「それにしたって結構歩きましたよ…!足が棒のよう…。疲れた…。いつになったら到着するんです?寧ろほんとに目的地に向かってます!?」
「ん~もうちょいかな~!」
「そうか」
そう言うとシラヌイは立ち止まった。思わずルチアはその背にぶつかる。
「わぶ!ちょっと、いきなり止まらないでください」
シラヌイは振り返らず続ける。目の前の壁を見つめたまま。
「無駄だルチア」
「はい?」
「その男は目的地に俺たちを連れて行く気はない。そうだな?エリヤ、いやその名前も嘘か」
ひやり、空気が変わる。
ルチアは気づく、ここは行き止まりだと。そして、その背後には”エリヤと自称する男”が立っているという事を。
はあ、と背後でため息が聞こえた。
「兄ちゃんは鋭いねえ。流石はテロリストしてるだけあるわあ」
「あなた、私たちを騙して!?」
背後の男はやれやれと肩をすくめた。
「騙されたのはそっちだろ?思ったより兄ちゃんーシラヌイだったか?右手調子悪そうだし、俺にもワンチャンあるかな~っつってな!あいつの駄賃より、手配犯の賞金のほうがガッポリ貰えんだ。こりゃこのチャンスに乗るしかないだろい?」
「この!」
ルチアは男を睨みつける。男はニヤリと笑った。
「シラヌイ!」
「ああ」
「へえ。いいじゃん、オリコウチャンもそんな顔できんだな。そうそう、そういうの!嫌いじゃねえ。上っ面じゃない、むき出しの怒りは安心するぜ。俺も腕がなる」
「シラヌイ、加減は必要ありません」
「わかった」
構える二人。男はヒュウと口笛を吹く。そしてグローブを着けた両拳を叩き合わせた。
ガチン!
拳が鳴ったのを合図に、男は地面を蹴った。
「上等!いくぜテロリストォ!」
男が地面を蹴る、それに合わせシラヌイはルチアを背に回すと左拳に力をこめた。打撃をくり出そうとした時。
「フェイントか」
シラヌイが男の動きに気づく。が、その時には男は瞬時に勢いを消し、低く姿勢を落としていた。
前方向に乗り出していたシラヌイに回避は出来ない。晒された左脇腹、そこへ鍛えられた太い足から放たれる回し蹴りがとんでくる。
「大当たりだッ!」
ドッ
爆風が二人の髪を煽る。
シラヌイは身を捻り、折れていた右腕で衝撃を受けた。ミシリと骨が軋む音がする。表情を変えないまま、シラヌイは男と距離をとった。
「シラヌイ!」
ルチアが後方から声を上げる。そしてシラヌイが離れた隙に、ルチアは銃口を男の足元に向け銃弾を放った。
「当たらねえなあ、どこ狙ってんだ?嬢ちゃんよォ!」
銃弾は当たらない。
「ッ!」
男は軽くステップを踏むようにルチアの銃弾を回避、そのまま路地裏に転がっていた酒瓶を拾い、飲み口を掴むとルチアが放った最後の銃弾で酒瓶の底を割った。
底の割れた酒瓶の先は鋭利に尖っている。光が酒瓶の先に反射してギラリと光った。
男は口の端を上げて笑う。
「ステゴロならこっちのもんだぜ」
「下がれルチア」
「酒は好きか?俺は大好きさ!」
突如、風をまといドラム缶が眼前に迫った。シラヌイがルチアを下がらせた隙に、男は傍にあったドラム缶を蹴っていたのだ。シラヌイはそれを左拳で無造作に叩き殴る。ドラム缶が吹き飛び、視界が明けた瞬間、目の前には男が潜り込んでいた。
男は息も触れそうな距離で囁く。
「へえ?近くで見るとカワイイ顔してんじゃん?」
アシンメトリーな前髪に隠れた左目が笑う。その瞬間、シラヌイの腹に鈍い衝撃が叩きつけられた。
「!」
まともに男の一撃を食らった衝撃に、シラヌイは勢いを殺しながらも後ずさる。その背をルチアが受け止めた。
男が追撃をしようと割れた酒瓶を振り上げた、がその動きは眉間に押し付けられた銃口に阻まれた。
「あれっ、わ、私の銃!?」
見れば、ルチアの手は空を掴んでいた。
「———な」
男は一瞬の事に目を疑った。
いつのまにかシラヌイが銃を構えている。その銃口は自身の眉間に。
黒髪の隙間から見えたその眼光は、ゾッとするほど冷徹だった。
(やば————————)
男の脳裏に警鐘が響く。
後退は不可能。
スローモーションに男は目を開き
その目には、眉間に向け寸分の迷いなく引き金を引く
”背筋の凍るほど冷たい人の姿をした何か”の姿があった。
(あ、俺死んだ)
そして時は動き出す。
路地裏にけたたましい銃声が響いた。
「は、は、ぁ…?—————ぁ、あ!?生きて、る」
どっと汗がふき出す。男はよろ、と後ずさった。
慌てて頭を抑えるも、その眉間に風穴は開いていなかった。
手から酒瓶が滑り落ち、ガシャンと割れる。
(なんで)
見れば、シラヌイの手に銃はない。彼の後方、弾かれたようにルチアの銃は落ちていた。
シラヌイが撃ったのではない、では誰が?そう思い、男はシラヌイらの視線の先を振り返る。
そこには、男が立っていた。手には前時代のリボルバー、その銃口から煙を上げて。
モノクルをかけた男は口を開く。
「そこまでです」
コツ、と男の革靴が音を鳴らす。
黒髪を後ろにまとめたモノクルの男は銃を下げ、こちらに歩み寄ってくる。
新手か、とシラヌイが構え、次の行動を予測する。そして地面を蹴ろうとした時。
「このお馬鹿さんが———ッ!!」
雷が落ちた。
ぴしゃんと聞こえんばかりの剣幕にシラヌイとルチアは唖然として硬直する。
アルバと呼ばれた男ははっと気を取り直すと、その場から逃げるべく辺りを見回した。が退路は塞がれている。なにしろここは行き止まりである。
「あわわわ」
その間にもモノクルの男はずんずんと近づき、目を泳がせている男の前でぴたりと立ち止まった。
そして苦笑いをする男の耳をひっつかみ、思いっきり引っ張った。
「あだ—————!!!」
路地裏に男の悲鳴が響く。
「あいてててて!耳ひっぱんなって!バカこのちぎれる!クソ神父!放しやがれ!」
「いーや離しません。帰りが遅いから探してみたらこの有様!いうことを聞かないこの耳!無駄に2つあるんです、一つくらい千切れたってかまわないでしょう!ええかまいませんとも!神もそう思っていますきっと!」
「んなわけねーだろ!ほらもう二人ポカーンしてんじゃん!やめろいい加減放せ!俺すごい恥ずかしい今」
緊張の糸が切れる。
ため息と共に体の力が抜け、脱力したルチアは呆れつつも問いかけた。
「あ、あのー…どなた様で…」
知り合いらしい二人は口論をしている。ルチアの問いに片方がはっとしたかと思うと、くるりと二人に向き直った。
「失礼しました」
モノクルをかけた男はふわ、とほほ笑む。先ほどの剣幕とは似つかわしくない優しい笑顔だった。
男の耳をひっつかんだままの優男は二人にお辞儀をする。
「私はエリヤ=サンチェスと言います。この街の外れの教会で神父をしております」
ぐい、と耳をひっつかまれた男が前に引きずり出される。
「そしてこのお馬鹿さんがアルバ=オウルアイ。私がアルバに使いを頼んだのですが。はあ、こんな簡単なお願いも聞いてくれないとは。およよ」
「あでででで」
思わず顔を見合わせるシラヌイとルチア。
「ほら、あやまりなさい!」「はいはい」「はいは一回!その態度は何ですか!」
ポカンとしている二人をよそに、エリヤとアルバは変わらず言い合いを続けている。
その様子を見ながら二人は呟いた。
「こっちの優男の兄さんが本物のエリヤで」
「こっちの胡散臭いおじさんのほんとの名はアルバ…ですか」
「だれがおじさんじゃ~い!まだ27だわ!って、あ、おい」
ピキリ、優男の額に青筋が走る。
「んん?話をきくに、アルバ、貴方まさかまた私の名前で好き勝手しましたね~~?」
「だあ—―!もういいだろほら、お目当ての二人が目の前にいるぜ!話したい事あんだろ?」
む、と優男は唇を尖らせる。そしてため息をついた。
「そうですね。全く、仕方ありません。後でアルバには話をするとして…早速で悪いのですが一度私の教会に同行願えますか?」
「きっとこの人は怒らせてはいけないタイプの人です。従いましょう」
「そうだとりあえずいう事きいとけ。あいつは今ニコニコしてるがこの笑顔はぶち切れてるやつだ。俺はよく見てるからわかるぜ」
「誇らしげに言う事ではありませんよアルバ」
(うわ…いつもこんななんだ…)
思わず呆れ顔になるルチア。
シラヌイは一歩前に出る。そして手を差し出した。
「拒むつもりはない。お前に敵意が無いのは解る。」
差し出されたその手に男は嬉しそうに眉を下げてほほ笑んだ。
「話の分かる人で良かった。ええそうです、私もまたローズブレインに異を唱える者。私は貴方に協力したい。その為に今ここに居ます」
二人は向かい合う。そして手を取り合った。
「改めて。私はエリヤ=サンチェス。貴方の力になりたい。よろしいですか?」
シラヌイは頷く、そして小さく笑った。
「ああ、勿論だ」
◇
———ヘルジャイル西地区、外れの教会
「すいませんしたあ~」
教会の客室。質素だが生活感のあるその部屋にシラヌイらは招かれた。二人を前にアルバがふてぶてしく頭を下げる。横目でエリヤを見ると腕を組んでほほ笑んでいた。
少々、ひんやりとした笑みで。
「わあるかったって。悪ノリが過ぎました!許してちょ!」
勢いよく手を合わせるアルバ。その様子にルチアが戸惑いながらもこたえた。
「ま、まあシラヌイの腕を治療してくれましたし…かまいませんよ」
続いてシラヌイは治療を受け回復した腕を動かして見せた。
「ああ。問題ない。俺は頑丈だからな、すぐ直る。むしろ感謝するぞエリヤ」
「本当になんとお詫びすればよいか。簡易治療で申し訳ありませんね。それにお恥ずかしい所をお見せしました」
「賑やかなのは好きだ。それに俺は世間じゃテロリストだ。それをこうしてヴァンガードに引き出すでもなく匿っている、敵意がない証拠だ。話を聞こうじゃないか」
ちら、ルチアはアルバを睨み、付けくわえるように呟く。
「アルバにはしてやられましたが、エリヤは信用できそうですね」
「そこついてくるか~お嬢ちゃんも存外お人が悪い!」
アルバはさておき。エリヤは一つせき払いをすると、真剣な眼差しで二人に向き直った。
「ありがとう、シラヌイにルチア。感謝します。心してその信頼に応えましょう」
唇を尖らせ不平を訴えるアルバ。それを無視してエリヤは部屋の中央に置かれたテーブルの裏側にあった機械を操作した。
するとガコ、と音がする。
音の鳴った方を見ると本棚が横に動き出す。しばらくして、そこから隠し扉が現れた。
機械的な扉。それにエリヤの手が触れるとシュン、と扉はスライドし自動で開く。
地下に繋がるリフトマシンが見える。どうやら隠し部屋があるらしい。
エリヤは歓迎するように道を開けるとほほ笑んだ。
「ようこそヴィジランテ基地へ、歓迎しますよシラヌイ、ルチア」
そこは管制室のような、モニターが並ぶ部屋だった。
「立ち話も何ですから。どうぞ、お掛けください」
「対抗組織、か」
「こ、こんな設備が整っているなんて。いったいどうやってヴァンガードの目をかいくぐっているんです?」
ルチアの疑問に、エリヤは得意げに微笑む。
とくとく、エリヤはカップに紅茶を注ぎながら答えた。
「ここのシステムは私が管理しています。たとえヴァンガードといえどここのセキュリティを突破することは不可能。その存在すら見つけることはできないでしょうね。”そういうふうに”してありますから」
「へえ…。あ、どうも。いただきます」
エリヤの話に感嘆の声をもらしながら、ルチアはカップを口にした。
「あっ、すごくおいしい」
優雅で品のあるふくよかな香りがする。
紅茶の暖かさにルチアはリラックスしていくのを感じた。
「ふふ、まあ組織と言っても実際には私ともう二人、そしてアルバにお手伝いしてもらい計たったの4人です。相手はこの都市の統率者ですからね。まあ思うようにはいきませんよ」
同じく、紅茶で喉を潤すとシラヌイは口を開いた。
「言っても誰も信じんさ。過去、死んでる男がまだ生きている。しかもそれがこの都市の創始者でその本人が悪事を目論んでいるなんてな。それにしても準備が早い。知っていたのか?ブレインが生きている事を」
「ええ、そうですね」
ふう、とエリヤは息をつく。そして真剣な表情で向き直った。
「私は元々、ヴァンガード創立前の旧都市軍で、学者兼軍医として働いていました」
ルチアが驚いてエリヤを見る。
「ええ。ですからある程度はこの都市の成り立ちを知っています」
ふ、とにこやかにエリヤはほほ笑む。そうして真剣な表情に戻ると、静かに口を開いた。
「まずはお話しましょう。あなた達について聞き出す前に、私たちが何者か。どうしてヴィジランテを造り、動くに至ったのか。そこに、貴方の知りたい情報もあるかもしれませんからね」
ごくり、ルチアは固唾を飲んだ。
「その発端は数年前にさかのぼります。
ローズブレインが事故で亡くなった後、その遺志を継ぐものとして騎士団が設立された。そこで生まれたのが騎士<ヴァンガード>です。統率体制が確立し、紛争も減少していったある時のことでした。そこで私は見たのです、彼を」
シラヌイは真剣な眼差しで呟いた。
「”ローズブレイン元帥”を、か」
「…自分でも目を疑いましたが間違いはありません。彼そのものでした。亡くなったはず、そう私は不審に思いました。そして真実を確かめるべくライブラリーにアクセスしてローズブレイン元帥の事故について調べました。けれど、不自然なほど情報が無かった。きれいさっぱり」
「ライブラリー?」
聞きなれない単語にシラヌイはルチアを見た。ルチアは答える。
「ライブラリーとはヴァンガードが管理する、都市全域の様々な情報が保管されているネットワークの事です。でも、だからこそそれはおかしい!情報がないなんてありえない!どんな事件もどんな事象も、管理するべく記録されるはず…」
「ええ。だからこれはやはり裏があると思ったわけです。その後私は軍を抜け、彼について調べてきた。来たる日まで準備をしてきた。そして案の定、事件は起きた。昨日のヴァンガード本部での襲撃および虐殺を。これで私は確信したのです。彼は間違いなく黒だと」
その言葉にシラヌイは片眉を上げる。
「見てきたように言うが、あの時あの場にお前はいなかったはずだ」
「いえ、実際に”見ていました”よ」
「何?」
「監視カメラ、覗かせてもらってたんですよ。だから貴方が無実であることは知っています。この目で見ましたから」
エリヤはそういうと、おどけた様子でウインクをしてみせた。
「言ったでしょ?これでも、色々準備してるってね」
その様子に思わずシラヌイもほほ笑む。
「…ふ。優男かと思っていたが中々肝が据わってるじゃないか」
「いやあ、お褒めにあずかり光栄です」
わはは、と笑いあう二人。そんな中ルチアはエリヤをまじまじと見ていた。信じられないものを見るように。
(肝が据わってる…?とんでもない!監視カメラもそうだけど、ライブラリーは情報漏洩のないよう厳重にロックされているはず。上層部でも全域を見る権限を与えられる者は限られている。その幾重にもかけられたロックを解除していくのに、演算装置をいくつも必要とするほど。ハッキングしたって、事だよね。それを人の力だけで可能にするって…ありえない。この人…)
コト
ティーカップを机に置く。そしてシラヌイは改めてエリヤに向き直った。
「成程、大体事情はわかった。それで俺たちがブレインに仇なすものと知り、話を持ち掛けたという事か」
「はい。ブレインの計画を阻止する。その目的は同じですから。映像を見て、貴方の力が私たちには必要と判断しました。是非仲間になってほしいのです。勿論、こちらも協力は惜しみません」
「ほう」
「私の力では核心に迫るものを見つけるのはこれで手一杯でしたが…。それでもこれは行動を起こすのに足るものです」
そういうと、エリヤは立ち上がり、デスクの盤を操作する。すると壁のスクリーンに映像が映し出された。
「これはインフィニティフォースについての記録です」
「ったく馬鹿げてるぜ。学者ってのはみんなこんななのか?呆れちまうな」
今まで黙っていたアルバが口をはさむ。肩をすくめ、やれやれとため息をついていた。
エリヤは続けた。
「この記録には、人体とインフィニティフォースの関係について記してあります。要するに、インフィニティインフィニティフォースを人体に取り込む。そのための研究資料というわけです」
ガタン
ルチアが勢いよく立ち上がる。
「なっ!インフィニティフォースを人体に取り込む!?そんなことが出来るのですか!?」
「いいやあり得ねえな。無理さ」
けっ、とアルバは勢いよくソファーに座り込む。そして机に脚をかけ悪態をついた。
「まて、インフィニティフォースとはなんだ」
シラヌイは首を傾げた。ルチアはやれやれと肩をおとし説明する。
「ほ、ほんとにこの都市の事知らないんですね…。インフィニティフォースとは、機械などの動力源”IFエネルギー”の錬成元です」
「ほう」
「そんなものを、人体に取り込もうだなんて。水銀を飲むようなものです…。いいえもっとひどい。星の”無限の力”に、体が耐えられるはずがない。内側から壊れてしまいます」
「ですがローズブレインは蒼い光…謎の力を使って人間を操っていた。あれは間違いなくこのインフィニティフォースが関与している。人の手でそんな超常現象を起こすなどと、”無限の力”でなければ説明がつきません。そうでしょう?」
エリヤは淡々と話す。
ルチアはたらりと冷汗を流し口を引き結ぶと、ちらりとシラヌイを見る。彼は真っすぐにエリヤを見つめていた。
エリヤは続ける。
「ええ、ですからこのインフィニティフォースの研究記録とローズブレインは無関係ではないでしょう。こんな事、彼にしかできない」
「取り込むことが出来たとして。人の身で、制御なんてできるはずない…」
「あの男なら、可能だ」
シラヌイは静かに告げた。
一同は沈黙する。
「…それだけじゃない、そんな顔をしているなエリヤ?」
シラヌイの言葉にエリヤは顔を曇らせる。エリヤの代わりにアルバが答えた。
「ローズブレインの計画にインフィニティフォースが関係しているんだとして。その力を汲み出している窯はどこにあるよ?」
はっ、とルチアが顔を上げる。
「都市にエネルギーを送る源…都市の心臓…!親窯<レガリア・コア>!それは…ヴァンガード本部にあります!」
シラヌイは冷めた紅茶をぐいと飲み干す。その目は鋭い。
「既にブレインはヴァンガード本部をおさえている。手札は揃い済み。ということか」
「ええ。つまり正直なところ時間はありません。その上で私は言いましょう。私たちヴィジランテの目的、それは」
「レガリアを停止させる。っつーこと」
思わずルチアは息をのんだ。
「ま、待ってください!それはいけません!そんなことをすれば都市の全動力が断たれシステムが停止します!そうなれば都市にどれだけの被害が出るかわかりません!」
エリヤは苦虫を嚙み潰したように呟いた。
「無茶だということは承知です。ですが既に事は起きている。思うより事態は深刻なのです」
「でも!」
「真っ正面から戦っては勝ち目はありません。まずはあの力の源と思われるレガリア・コアの停止が最優先です。それにルチア、貴方もその目で見たでしょう?仲間のヴァンガードが惨たらしく殺されていったのを」
「…っ」
前のめりに抗議するルチアの肩に、シラヌイが手を置く。ルチアは振り返りシラヌイを見た。シラヌイは毅然とエリヤを見つめ返している。
「エリヤの意見に賛成だ。もう問答の必要はない。答えは出た。どのような方法でどのような計画が為されるのか、それを解明する時間は残されていない。大本を断つ!レガリア・コアを早急に停止、そしてブレインを捉えるぞ」
「…」
「ルチアちゃんよ、気持ちはわかるぜ。俺だってほんとはこんな滅茶苦茶なこと通したくねえさ。だけどな、どっかのだれかは死んじまった。それも何人もだ。…穏やかじゃいられねえよ」
「いいですか?ルチア」
少しの沈黙の後、ルチアは頷いた。
「わかりました。現状、ローズブレインの”計画”を阻む方法がそれしかないのなら。私も、加担します」
「何、停止させるだけだ。早急にブレインを捉えられれば被害も少ないだろう。停止させたあとの処理はエリヤ、お前に任せていいんだろう?」
「ええ、勿論。私が何とかします」
エリヤはむん、と胸を張って口の端を上げた。
不安げなルチアにシラヌイは小さく笑いかける。
「あとの事は心配するな。全てが終わればお前たちは自由になる。責任は全て俺にあるからな。お前たちは利用されたものとして告げる。どのみちはなから俺はテロリストだ、疑う奴はおらんだろうさ」
そう言ったシラヌイに、アルバは肩を組んだ。シラヌイは不思議そうな顔でアルバを見る。
「お~待て待て、お前にだけカッコつけさせるわけにはいかねえよなあ?」
アルバの言葉にエリヤは頷く。
「そうですよ。もう私たちは同胞です」
「おお?」
戸惑うシラヌイ。その様子にルチアは呆れつつもほほ笑んだ。
「はあ、やれやれ。そうですね。不安はありますが放ってなんておけません!こうなったら皆一蓮托生です!」
「やれやれ、とんだ無鉄砲ぞろいだ」
「では」
「…ああ」
シラヌイはそれぞれを見る。
皆同様に頷いてゆく。最後にエリヤに視線を合わせシラヌイもまた頷いた。
エリヤはそれを確認すると口を開く。
「目標、レガリアの停止!およびブレインの捕縛!」
「了解!」
「はい!」
「あいよ!」
「反逆のヴィジランテ—————始動します!」
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