6話 クロスファイア





夜の森。

冷たい風が吹く中、月に照らされた影が二つ。

大きく開いた胸元からは十字傷が見えた。黒髪が風に攫われるままに、男は咥えた煙草に火を着ける。

「シラヌイ=ザン=サオトメ。一体何者だ?このイレギュラーが吉とでるか凶とでるか…」

肺から息を吐きだす。白い煙が夜闇に漂った。

その様子に答えるように、もう片方の人物が口を開く。

「旦那、どうします?奴さんら次は旧都市軍の廃研究所に行くみたいですわ」

そう問われた十字傷の男は、木にもたれかかり、空を仰ぐ。都市の光で星は見えない。

「そうだな、少し顔を見に行くよ。お前は引き続き両陣の動向を見張っていろ」

「ほいさ。了解しましたっと」

影がひとつ、音もなく姿を消す。男は静かに瞳を閉じた。

「ああ頼む、僕の邪魔だけはしてくれるなよ少年。真実なんぞ”知らなくて”いいのさ」











———旧都市軍廃研究所


ヴァンガード創立とともに放棄された建物。廃墟となった研究所は音もなく静かだった。

『到着です。ここが、都市軍の研究所になります』

通信機からエリヤの声が聞こえた。

都市軍。それはこの地が都市国家ヘルジャイルとなる前、先住民との戦争が絶えなかった時代の軍を指している。

『気を引き締めて行きましょう。廃墟と言えど、何が起きるかはわかりません』

シラヌイは研究所の門を前にして、頷いた。

「ああ、了解した」

ルチア、アルバ、フォーガンも其々に頷く。それを感じたかのように、通信機からクジョーは声を上げた。

『うむ、では任務開始<ミッションスタート>じゃ!』









———数時間前

「そろいましたね」

作戦室に集まる一同。エリヤは卓上の前に立ち、言った。

「戦力はそろいました」

「うむ、数が必要ならば私のメカ兵団で補おう。シラヌイらに差し向けてテスト運転も済ませた、あれより更にハイパーに改良をしたものを誠意製作中じゃ!任せるがよい」

「あれってそういう意図があったんですね!?」

えっへんとばかりに胸をはり、誇らしげなクジョー。

「ありがとう博士。あとはローズブレインの力についてですが…こちらはまだ何もわかっていません」

ふむ、とシラヌイは顎に手を当て考えるそぶりをした。

「やはりできれば情報が欲しいな」

「ええ、ですから貴方たちには本部に乗り込む前に、ヴァンガードが創立する前の都市軍の研究所に潜入してもらいます」

その言葉に思わずルチアは身を乗り出す。

「できるんですか?研究所は、放棄されたとはいえ現在厳重な管理の下、立ち入り禁止区域に設定されているはず」

ぱし、と音を立ててクジョーはルチアの肩を叩いた。そしてニヤリと笑った。

「なあに、あんなヘボい警備マシンなんぞちょっとシステムを組み替えてやれば石ころも同然よ」

感心したようにルチアは呟く。

「クジョー博士ほんとにすごかったんですね…」

「なはは!もっと褒めいッ!」

エリヤはその様子に笑いをこぼした後、すぐさま真剣な眼差しに戻り続ける。

「勿論、本部に警報が飛ばないように対策を。通信系統は私がジャックしましょう」

「じゃがこれらは今すぐに出来ることではない。向こうにお前たちが潜入し、管制室にひそやかに到達することが前提の話じゃ。管制室の操作盤にこのメモリーチップを入れろ。そうすればこちらの物じゃ。あとは好きにすればよい」

クジョーは小さなチップを差し出す。シラヌイは受け取った。

「了解した」

「簡単に言ってくれるぜ…」

やれやれとアルバが悲観する。

「任せろ、必ず果たしてみせる。ここで何かを掴めば前進できるんだ。やるぞアルバ」

「へーい」

「私のフォーガンもつけてやるぞ。万が一のために戦力は多いほうが良いじゃろう!こいつは盾にもなるぞい!」

クジョーの言葉に応えるようにフォーガンが一歩前に出る。そして胸に手を当てた。

「小生もお供します。存分にお使いください」

エリヤはフォーガンと目を合わせ頷いた。

「ありがとうフォーガン。無人とはいえ何が起きるかわからない。向こうのマップは私が随時解析して送ります。危険を承知でお願いするのはしのびありませんが、こちらも最善を尽くしましょう」

「バックアップは私らに任せよ。何、心配するな!私はむしろスパイもののようでわくわくしておるぞ!」

クジョーののん気な言葉に、フォーガンは思わず脱力する。

「博士!まったく貴方は…」

「お前は相変わらず固いの~」

唇を尖らせるクジョー。うなだれるフォーガン。その様子にシラヌイは小さく笑う。

「いや、かまわんさ。たのもしい」

「うむ!」

それみたことかとクジョーはフォーガンをつついた。フォーガンは渋い顔である。

「フォーガンも、困ったときは頼むぞ」

「っはい!」

フォーガンは顔(マスク)をほころばせて拳を突き合せた。

(あのマスクどうなってんだ…?)

(わ、わかりません…)

不審げなアルバとルチアをよそにエリヤはにっこりとほほ笑むと一同を見渡す。

「では、研究所への潜入、ローズブレインにまつわるデータの回収。頼みましたよ」

「ああ!」









———研究所。

その通路には警備マシンがあらゆるところに設置されていた。

足元の赤外線を跨ぎながらアルバは声を抑えて呟く。

(まさかこんなにご立派にシステムが生きてるとはな…閉鎖したんじゃなかったのかよ…?)

(これは完全に黒だ。エリヤの読みは間違ってなかったというわけだ。隠したい何か、必ずブレインについての手がかりがある)

何故か小声で話すアルバにシラヌイもつられて小声で返した。

「おっとと」

ルチアがよろめく、バランスをとろうと上げた手が赤外線に触れかけた。

(あぶ————)

その手をフォーガンが優しくとる。そしてルチアにウインクした。

「あ、ありがとうございますフォーガンさん」

「いえいえ」

ルチアは赤外線に触れないよう気を付けながら頭を下げた。

『よくやりましたね皆さん。あと少しで管制室です。そこの角を右に曲がれば―——―—待ってください!』

通信機から聞こえた制止の声。角を曲がろうとしたシラヌイの足が止まる。その背にアルバ、ルチア、フォーガンが連鎖してぶつかった。シラヌイはエリヤに問う。

「何だ」

『生体反応だ———―—管制室の扉の前に、誰か、居ます』

「!」

「チッ…まあ、そうすんなりとはいかねえよな」

アルバは眉をひそめる。ルチアも同様だった。

するとコツ、と革靴の音が聞こえた。

『向こうから近づいてくる…!みんな構えてください!』

エリヤの声に、シラヌイ達は武器を構えた。



コツ

コツ

革靴の音が聞こえる。

そうして角から男が姿を現した。

男は人好きそうな笑みを浮かべると口を開いた。

「やあ、あの時ぶりだね」

ルチアがはっと目を丸くする。

「あ、あなたはあの時の!」

どうも、と手をあげる。


そこに居たのは、本部襲撃のさいに包帯の男と戦っていた十字傷の男だった。



シラヌイは刀に手をかけたままである。視線は男に向けたまま、ルチアに問う。

「ルチア、奴は?」

「あの時、私たちを逃がそうとしてくれた人です!良かった…無事だったんですね!」

「ああ僕は無事だ。ありがとう」

目の前の男はニコニコと微笑んだままだ。

「君も元気そうで何より。…だが残念だな、君はここにいちゃいけないんだがね。ルチア=ロックハート」

「え…?」

ルチアの表情が強張る。男は笑顔のまま続けた。

「弱者は、戦場にいちゃいけないのさ」

突然の事に呆然とするルチア。その肩が強い力で掴まれる。

「あ、アルバ…?」

見るとアルバが憤然とした表情をしていた。そしてそのまま、ルチアを下がらせ前に出る。

「なあ、俺とは初めましてだぜスカシ野郎。名を名乗れよ、それとも何だ。礼儀もしらねえお坊ちゃんか、ああ?」

その声色は低い。

アルバの言葉に男は緩やかに笑っていた。細めていた瞳が開かれる。それは背筋が凍るほど冷たい目をしていた。

「清々しいほど直球な煽り文句だ。馬鹿が透けてみえるぞ?」

「こ、いつ」

青筋を額に浮かばせて身を乗り出しすアルバ。シラヌイはすぐさまそれを片手で抑える。そして男に問いかけた。

「俺はシラヌイ。お前は何者だ」

「知ってどうする?僕が何者であろうと君たちの目的は変わらない。これを君らは探しに来た。そうだろう?」

男がディスクをひらりと掲げる。フォーガンは声をあげた。

「それは…!機密データか!」

「大正解だ四ツ目の。ブレインに関する情報はこのディスクの中だ。欲しいんだろ?君たちはこれが欲しい。しかし僕は簡単に渡すつもりはない。おや、戦わない理由がどこにある?」

男はディスクを懐にしまうと右足を上げた。そして足首に巻かれたクロスのアンクレットを床に叩きつける。

するとチェーンが外れたと同時に銀のクロスはガキンと音を立てて変形する。変形したそれはいつのまにか十字の鉄槌に姿を変えていた。男は鉄槌を掴み、床を踏みしめた。

男は鋭い瞳で言った。

「さあ、戦おうじゃないか。言葉よりも鮮明に、その血で語ってみせろ」


ガッキィン!!

アルバは目を見開いた。目の前に突如散った火花。見えるのはシラヌイの背中。

その刹那、シラヌイは抜刀し、アルバを狙った男の鉄槌を防いでいた。

「て、めえ…ッ!」

「問答無用か」

「ああそうとも。良いね、やっぱり君は相手になりそうだ」

ギリギリと鍔迫り合いながら男は嬉しそうに目を細める。

「俺が勝てば、そのディスク。渡してもらうぞ」

シラヌイの金色の瞳が揺らめく。それは真っすぐに、目の前の男を射殺さんばかりに見つめていた。

男は顔を寄せ、囁く。

「ああ…好きだ。その真っすぐな殺意。気に入った」

「気を抜くと死ぬぞ」

「どうやらそうらしい。本気で行こう」

男は口の端を上げた。その目は真剣だ。

ひと際大きく火花が散る。シラヌイが男の鉄槌を弾いたのだ。

男は弾かれた衝撃のまま、ふわりと後方に距離をとる。

シラヌイは間髪入れず床を蹴り、その勢いに乗せ斬撃を放った。

「はッ!」

しかし男は斬撃を軽やかに回避していた。そしてその隙に乗じ、迫っていたシラヌイの顔面へと鉄槌が叩きつけられる。

爆風が舞う。

が、男の鉄槌はシラヌイの顔面を抉ることはなく。

「ヒュウ」

男は口笛を吹いた。見れば、シラヌイは迫る鉄槌を軸に上空に飛んでいた。

「やるね」

勢いよく天井を蹴る。風をまといながら加速度的にシラヌイの刀身が男に迫る。が、それは男の首を斬ることはなく。

「お前もやるじゃないか」

シラヌイがそう呟いた時、それはどうもと背後から声がした。そう気づいた瞬間、鉄槌はシラヌイの頭に直撃した。

ドッガァン!!!

衝撃にシラヌイの体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。土埃がまった。

二人の交戦を見ていたルチアがはっとしたように声を上げた。

「——ッ加勢、しないと」

身を乗り出したルチアをフォーガンが止める。

「フォーガンさん…!?どうして」

「練度が、違います」

「…え」

焦るルチアにアルバが絞り出すように口を開いた。

「…速い。速すぎんだよ」



音が聞こえる。二人は未だ戦っていた。

ルチアは二人を見る。

ぶわ、と土煙が晴れる、一瞬停止したシラヌイは頭から血を流していた。

「僕の速度についてこれるかな。否、無理だ」

「…」

再び開始される剣戟。ルチアはその気迫に一歩後ずさった。

「見えない…?」

「サイコーにムカつくが、俺たちじゃ…歯が立たねえ」

「フォーガンさんは!?」

フォーガンは固唾をのんで首を横にふった。

「小生でも攻撃を防ぐので精一杯だろう。あの速さ、あの重さ。寸分の狂いもない正確な動き!それにあのように重たい打撃武器でこの素早さ…。尋常じゃない」

「そんな…でも、どうにか、しないと…」

ルチアは銃を構える、すぐさまアルバが銃口を掴んだ。

「馬鹿ッ!お前じゃどうしようもねえ!」

「でも、シラヌイが!」

焦燥にかられるルチアの表情にアルバは息が詰まる。

「銃じゃ、シラヌイに当たっちまうかもしれねえだろ…」

「…!」

「あいつはたぶん、今周りが見えてねえ。目の前のあいつの事しか」

アルバは唇を噛む。

(くそ、なんも出来ねえのか。何も、してやれねえのか!)

激しい金属音の後、土煙の中からシラヌイが吹き飛んでくる。咄嗟にフォーガンはシラヌイを受け止めた。

「シラヌイ!」

「立て、まだやれるんだろ?」

土煙の中から男が姿を現す。男の声にシラヌイが体を起こす。が、その肩はフォーガンに掴まれていた。

「放せ」

「いいえ、できません」

「そうか」

そう呟くと、シラヌイは刀の鞘をフォーガンの鳩尾に叩きつけた。

「ッがは」

「フォーガンさん!」

力の緩んだ手のひらを引きはがす。ルチアが何かを言いながら駆け寄ってきたが、今はどうでもいい。シラヌイは目の前の男を見つめたまま、刀を握る手に力をこめた。

そして—————

『そこまでです!止まりなさいシラヌイ。これは”命令”ですッ!』

通信機からエリヤの声が響いた。その声にシラヌイははっと制止する。

目の前の男は感心したように鉄槌を下ろし、顎に手を当てた。

「へえ、その声。貴方もいたのか」

『あなたは…ムラサメ=タイガですね?』

男はくつくつと笑う。

「この短時間でそこまで調べたか、やるな。エリヤ先生」

エリヤの声に一同の意識が集中する。

通信機からエリヤは続けた。

『ムラサメ=タイガ。彼はヴァンガード創立前の戦争で”英雄”と謡われていた男であり、都市軍のニ番隊、その隊長だった男の名です』

エリヤは続けた。

『彼は本来であればここに居ない。亡くなったはずなんですよ、紛争でね』

「な…!?」

ルチアは驚愕した。男は答えない。ただじっと、エリヤの言葉に耳を傾けていた。

『ムラサメ君、貴方はこの都市がヘルジャイルという名を得、戦争が終わった後も軍に仕えていました。だが惜しくも先住民との紛争に駆けまわるうち、命を落とした。そうですよね?』

男は小さく笑う。

「ああそうさ、この僕がムラサメ=タイガ。その人だよ」

『生きて…いたのですね』

「あのブレインが生きてるんだ。不思議な事でもないだろ?」

『ええ、そうかもしれません』

「待てよ!じゃあ何でかつての都市軍の英雄サマが、仕えていたローズブレインを狙う!?」

目の前の男、ムラサメはそう問いかけたアルバを一瞥する。そしてすぐにシラヌイに視線を戻した。

「君たちに話すことは何も無い。ふむ。ここまでだね。じゃ、僕は帰る。楽しかったよシラヌイ」

そういうとムラサメは踵を返す。だがディスクはその懐に収めたままだった。思わずアルバが追う。

「逃がすかよ!そのディスクを渡しやが…」

その時。

極僅かな風の斬る音がした。と、そう思った時。ムラサメの鉄槌の先はアルバの鼻が触れるか否かの間合いに在った。

「は…」

アルバは息をのむ。冷汗が頬を伝った。

いつの間にか、ムラサメの唇には煙草が咥えられている。そしてアルバに目もくれず、煙を吐きながら言った。

「お前だけには渡せないな」

アルバは数歩後ずさる。その瞳はギリ、とムラサメを睨んでいた。

シラヌイはムラサメに問う。

「ムラサメ…。お前の目的は何だ。聞かせてくれ」

鉄槌を突き付けたままに、ムラサメはシラヌイと視線を交わした。

「僕も君の事が知りたいね。だがまだ語る時ではないのだろう?わかるよ。なら聞かないさ。そして僕の事も聞かないでくれ。それに今日は忠告をしにきたんだ」

「忠告…?」

「ブレインは僕が殺す。だから君たちは奴に関わるな。————関われば、誰かが死ぬことになる」

ムラサメは睫毛を伏せて呟く。そして懐からディスクを取り出すと空中に投げた。

ルチアが咄嗟に受け取ろうと手を伸ばす。が、それは目前で鉄槌に叩き割られた。

「ディスクが…!」

ルチアの手が虚空をきったとき、館内に警報が鳴り響いた。

「警報!?いままで反応していなかったのに!エリヤ、状況を!」

フォーガンが通信機に問いかける。通信機からは慌ただしそうなエリヤの声が聞こえた。

『やられた。既にセキュリティシステムはムラサメが書き換えています!そうか…。彼の目的は情報の独占、そして滅却!もうどうしようもない!本部への通信は私が何とかします!貴方たちは今すぐ研究所を出てください!ここは5分後——爆発します!」

「何ですって!?」

ルチアが目を見開く、隣でアルバは辺りを見渡していた。

ムラサメの姿はもうない。

「くそっ逃げ足の速い野郎だ!どこにもいねえ!」

「今はそんな事よりもここを出なければなりませんぞ!」

騒然とする中、シラヌイは一点を見つめる。

それに気づいたルチアが声をかけた。

「シラヌイ…?」

「道はこっちだ、来い」

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」

駆けだすシラヌイ。振動する建物を背に、一同はその後を追った。






「ぜえ、はあ…」

肩で息をするルチア達。シラヌイは外気に髪をさらわれながら、静かに燃える研究所を見つめていた。

『みんな、無事ですね?』

エリヤの声にフォーガンは答える。

「はい。ですがもうここには手がかりはない。それどころか…一切の情報を、失った」

アルバが座り込んだまま、地面に拳を叩きつけた。

「くそッ!あの野郎さえいなければッ」

「かたじけない。小生もついていながら」

少しの沈黙。

ルチアは口を開こうとして、その口を閉じた。

『立て!ふさぎ込んで居る場合か!』

「…!」

沈黙をクジョーの声が切り裂く。

『戻れ、ここにもう用はない。早急に作戦を立て直さねばならん。時間は限られておるのじゃ』

ルチアは俯く。ギリ、と唇を結んだ。

『手がかりが掴めずともよい。そう悔やむな』

「…!」

ルチアは思わず顔をあげる。通信機からはクジョーの笑い声が聞こえた。

『なあに!私らがやることは決まってるんじゃ、ただその成功確率を上げるために情報を求めただけの事!レガリア・コアの停止、ブレインの確保!断言してやろう。簡単ではないが不可能ではない!』

クジョーの後方からエリヤの声が聞こえる。それは優しい声色だった。

『ええ、だから心配しなくて大丈夫。こちらには天才博士クジョーがついていますから!ああ、あと私も』

通信機の向こう、その優しい声にルチアは思わず涙ぐんだ。

消沈する一同にかける、二人の言葉は暖かかった。

『それにね。貴方たちが無事であればそれでいい。さ、戻りなさい。これにてミッションは終了です』

『うむ!——帰りを待っているぞ』

エリヤとクジョーはそういうと通信を終了した。ルチアは頬をぱし、と軽くたたいて言った。

「帰りましょう。皆さん」

その言葉に研究所を見つめ立ち尽くしていたシラヌイが振り返る。表情は見えない。

「了解した。二人とも、ありがとう」

切れた通信機の向こうにシラヌイは呟く。そして一同は研究所を後にした。











————作戦室。


ディスプレイの前、エリヤは紅茶をすすりながら盤を操作して調べ物をしていた。

そこにリフトマシンの起動音が聞こえる。エリヤが振り向くと、部屋に入ってくるクジョーの姿が見えた。

「エリヤ、あやつらはどうだ?」

「そうですねえ。気持ちは少し落ちていますが仕方ないでしょう。骨折り損のくたびれ儲けと言うやつですからね!」

にこ!エリヤはくるりと椅子を回転させ、クジョーに笑いかけた。

「そうじゃの。今回ばかりは間が悪かった。ムラサメがいたとはな」

エリヤは立ち上がると、戸棚からティーカップを出す。その様子にクジョーは必要ないと手で制した。エリヤは出したティーカップを戸棚に直す。

静かに戸を閉め、エリヤは大げさに肩を落とすと、はあとため息をついて呟いた。

「やれやれ、それにしても彼らを振り回してしまいました。ここのところ戦い詰めでしたし今は休ませてあげなければいけませんね」

クジョーはどっかりとソファーに腰を下ろす。

「気に病むなよエリヤ。おまえの責任ではない。あやつが一枚上手だった。ただそれだけのことじゃ」

「そうですね。ええ、大丈夫ですよクジョー。やることは山積み、そんな暇はありませんものね?」

「ま、向こうの出方次第じゃな。妙に静かなのが不気味じゃわい」

するとはっとエリヤが目を丸くした。

「どうした?」

「そうだそれで思い出した!まだ解析の済んでないデータがあったんだった。方しておかないと!」

ばたばたとデスクに戻るエリヤの背をクジョーは見つめる。そしてソファーから立ち上がった。

「ナハハ!邪魔したようじゃの!私は外の空気でも吸ってくるぞ。おまえもあまり根を詰めすぎないようにの!」

背中越しにひらひらと手を振り、クジョーは笑いながら部屋を後にする。

「クジョー」

「む?」

ふいに呼び止められ、クジョーは振り返る。見ると、エリヤは目を細めてほほ笑んでいた。

「ありがとう。あなたがいてくれてよかった。心強いよ。ですがね…クジョー博士!あなたも気負いすぎないように、ね!」

茶化すように言った後、エリヤはウインクをしてみせる。その様子にクジョーは口の端をあげ、鼻を鳴らした。

「ッハ。やかましいわ!」

そういうと、クジョーはリフトマシンに乗り、作戦室を後にした。



地上に上がり、そして教会の庭に出る。

そしてクジョーは大きく深呼吸をした。外はもう暗く、夜の虫が鳴いている。その声に耳を澄ませながらクジョーは一人呟いた。

「やれやれ、一度たたいて直してやるべきかの?お人よしがすぎる」

「いやいや、人は機械とちゃいますで?そんなことしたら壊れてまうかもしれへんよ」


独り言に返事が返ってくる。

クジョーは目を研ぎ澄ませ、横目に辺りを見た。

「おっと、そう構えなさんな。少し、話をしに来ただけや」

木の陰から金髪のいかにも軽薄そうな男が姿を現す。クジョーは静かにその男に語りかけた。

「ふむ、そうか。私はお前に話すことはないんじゃがの、イッセン」

その言葉にイッセンと呼ばれた男はくつくつと笑った。

「そう寂しいこといいなさんな!同郷の仲間やろ?」

「郷か…。また懐かしいことを。いつまで引きずるつもりじゃ?おまえは。いい加減今を…」

「そんな事が聞きたいんとちゃいますねん」

冷たい声色。イッセンは真っすぐにクジョーを睨んでいた。

クジョーは動じない。

「目を覚ませイッセン。ニラヤカナヤの誇りを忘れるな」

「は?あは、あんさんが、それを言いますか!」

イッセンの額に青筋が浮かぶ。それでも尚、イッセンは体をのけぞらせて笑っている。

「ナハハハ!!愉快愉快!クジョーがこれでは、亡き同胞たちも報われませんわ!!…やから」

イッセンはス、とクジョーに向き直る。そして静かな声で告げた。

「———俺が、果たします」

視線が交わる。

冷たい夜風が二人の間をすり抜けた。

「…。イッセンよ。シラヌイらはお前が思うより遥かに強いぞ」

「そうですかい。ま、うちの旦那には敵わんかったようやけど」

「それはどちらのだ?」

「さあ…?」

クジョーは息をつく。そして緩やかに瞼を閉じた後、ニッとイッセンに笑って見せた。

「ふ、いいだろう!こちらも熱が入るわ!!で、きくがお前は敵か?」

「あんさんら次第さ。少なくとも…クジョー、お前とは戦いたない。俺はこれを伝えに来た」

クジョーは瞼を開く。その瞳は真っすぐにイッセンを見据えた。

「そうか。残念じゃ、実に残念じゃ。…去れ、イッセン。お前は間違いなく―——私らの敵じゃ」


ざあ、とひと際冷たい風がイッセンの横をすり抜ける。

イッセンは瞼を伏せ、沈黙した。

そして小さく笑いこぼした。

「そうですかい。寂しいねえ…」

そう呟くと。

一歩、一歩とイッセンは後ずさってゆく。そしてその姿は夜闇に紛れ、次第に見えなくなっていった。

一人残されたクジョーは月を見上げる、もう少しで満ちるであろう月は怪しく闇に聳えていた。

「お前はまだ、過去にとらわれておるのか。ジュンシ―」

クジョーはそう呟くと踵を返す。そして風に髪を揺らしながら教会の中へ帰った。


誰もいなくなった庭で、夜の虫は未だ鳴いていた。




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