8話 烈愛のラルゴ
「私は烈愛のラルゴ。さあ素敵な殿方たち、私と…存分に遊んでくださいませ」
ラルゴがそう叫んだ瞬間。
弾丸のような突きがシラヌイらを襲った。シラヌイは刀身でその全弾を弾く。
「まだまだ!」
ラルゴは弾かれたキュースティックを手のひらで回し、衝撃を散らす。そしてそのキュースティックを地面に突き立てた。
その隙にシラヌイは刀を構え、一撃を叩きこむべくラルゴの懐に飛び込む。が、ラルゴは迫るシラヌイに口の端を釣り上げた。そして柄を掴んで地面を蹴り、スティックを軸に体ごと素早く回転した。
ゴォ!
ポールダンスのような、それでいて空間を抉るようなキックが爆風をまとい、シラヌイに襲い掛かる。咄嗟に半身を反らせ回避する、ラルゴのヒールはシラヌイの前髪をかすめた。
ザ、と土煙を巻き上げながら、スティックを後ろ手にラルゴが着地する。眼鏡のレンズがぎらりと光った。
間合いを開け、シラヌイが問う。
「ラルゴといったか。お前にききたい。ブレインの正体はなんだ」
「正体…?あのお方は全ての父なるもの、創始者ローズブレイン元帥。それ以外に何かおありですか?」
「ならば、あいつの力は?人を操っていた、あの蒼い光の力はなんだ」
ラルゴはシラヌイの言葉に頬を赤らめていった。
「あの方は全てを可能にいたしますわ。あれはその一端。いずれはこの都市すべてにその加護が降り注ぐでしょう…」
「何?」
「ふふふ。貴方様が私をもっと楽しませてくださるのなら。洗いざらい吐いたってかまいませんわ…!ねえそうでしょうシャルル!」
「んなワケあるか———よッ!!」
ドゴォン!!
地面が揺れる。ラルゴの背後に何かが墜落しま。突然巻き起こった土煙。その中からルチアが一直線に吹き飛んできた。
「ぐううっ!」
「ルチア!」
咄嗟にシラヌイはルチアを受け止める。
土煙の中心にはシャルルが大槌を構えて立っていた。その左腕にはグロウルが抱えられていた。
「喝ッ!」
衝撃波がシャルルの背後から放たれる。
「ラルゴォ!」
「ええ」
シャルルの怒号にラルゴは瞬時に地面を蹴る。そして衝撃波に向かって打撃を打ち、それを相殺した。
シャルルの後方にはフォーガンが拳を構えていた。
突然の事態にシラヌイは説明を求める。
「ルチア、フォーガン!それに、彼女は?」
「話はあとです!今は彼女を助けますぞ―——」
「<DEATH・インパクト>!!」
突如。地面に大槌が叩きつけられ爆風が巻き起こる。
ドォン!
大槌による衝撃は地面を抉り、シラヌイ達を煽った。見れば、その衝撃を踏み台にしてラルゴとシャルルは建物の屋根に飛び移っていた。
建物の屋根に着地したシャルルがラルゴを睨んで言った。
「ラルゴ…、お前の悪いクセだぜ。そうやってハイになって好き放題する!」
「申し訳ありませんねシャルル。ああ、見つけたのですね、この子」
グロウルに意識はない、ぐったりと項垂れシャルルに抱えられていた。
「うん。そのついでにムカつく顔がいたからちょっと遊んでたのさ。おっと、そんじゃアタシも人の事いえねえか!」
アハハ!とシャルルは手を叩いて笑った。その反動で腕からグロウルがすり抜け、屋根の上に倒れる。
「…っ」
「おや、お目覚めですわねグロウル」
「あ、ぁ…!」
目を覚ましたグロウルは状況を飲み込めない。息を詰まらせながら、訳もわからず体をだいてうずくまった。その肩は震えていた。
シャルル達が立つ建物の屋根の下、地上からシラヌイが見上げて言った。
「詳細はわからないが大体理解した。彼をどうするつもりか知らんがその怯え方は尋常じゃない。引き渡すわけにはいかないな」
続いてルチアが声をあげた。
「グロウル…!大丈夫。私達が守ります!」
「あら、まあ」
ラルゴは頬に手をあて目を丸くした。
「いつの間にお友達ができたんですの?グロウル。うふふ、羨ましいですわ」
シャルルはがしがしと頭をかくと、忌々しく舌打ちをする。
「ややこしいことになっちまった。あ”——イライラする。おいラルゴ」
「承知しました」
「やるぜ、速攻で片をつける。グロウルの回収はこいつらのうるせえ口をへし折った後だ。いくぞ」
シャルルが大槌を担ぎ屋根から飛び降りようと足に力をこめる。その時、その足は白い手に掴まれた。
「あ?」
「やめて、もう、やめて」
見れば、足元でグロウルが唇を震わせ、真っ青な顔をして懇願している。
シャルルはグロウルを一瞥すると鼻で笑って言った。
「オトモダチを傷つけないでくれってか?驕ってんじゃねえ、そんなもの無駄なんだよッ!」
そう吐き捨て、シャルルが手を振り払った時。脳を侵すような悲鳴<ハウリング>が空間を切り裂いた。
「—————————————————————」
「なぁッ!?」「っあぁ!」
ルチア達は思わず頭を押さえて膝をつく。シラヌイもまた、脳髄を殴られたような衝撃と音に顔を歪めた。
シャルルは頭を抑えながらグロウルを睨んだ。グロウルは口を抑え、恐怖に目を見開いていた。
「ば、かやろ…、アタシたちを、まきこむん——じゃ、ねえ!!」
シャルルの手刀がグロウルの首に直撃する。
それと同時に、グロウルの逆立った翠色の髪がふわりと重力を取り戻し、力なく落ちる。ぱたり、グロウルは気を失って倒れた。
「ラルゴ…!撤退だ!」
「わかり、ました」
シャルルとラルゴがグロウルを連れ建物から姿を消す。
耳鳴りに、激しい心臓の音。
ルチアの視界が霞んでいく。
遠ざかる意識の中、ルチアはグロウルの消えた彼方に手を伸ばす。
(グロウルが—————まって————)
その手は彼女に届くはずはなく。
ルチアの意識は暗転した。
瞼を開ける。
ルチアははっと顔を強張らせると、勢いよく起き上がった。
「グロウルは!?」
辺りを見渡すが彼女の姿はない。破壊された建物たちと、抉れてクレーターのできた地面があるだけだった。
沈黙の中、アルバが答える。
「つれてかれたよ」
「そん…な…。私。目の前に、いたのに…」
ミシリと音がする。見れば、フォーガンが握りしめた拳を建物の壁に叩きつけていた。壁に亀裂が走っている。
ふるえる手のひらを呆然と見つめるルチア。
その様子を静かに見つめていたシラヌイは勢いよく顔を上げ、一点を見つめた。
「どうしたよシラヌイ」
アルバが問う。が、シラヌイは答えるよりも先に走り出していた。
「…!?シラヌイ!どこへ行かれます!」
フォーガンの声にシラヌイは振り向く。その瞳は鋭い。
「戻るぞ、教会に」
慌ててフォーガンらはシラヌイを追う。
風をきって走りながら、シラヌイは呟いた。
「嫌な予感がする。それも、虫唾の走る———とびきりの奴だ」
シラヌイが向かう先はヘルジャイル西部の教会———彼らがアジトとしている場所だった。
アルバは浅い呼吸を整えるべく大きく息をすって深呼吸した。
時刻は夜。辺りは暗く外気は冷たい。
「ああ?なんだよ慌てて走り出したから何事かと思えば。帰ってきただけじゃねえか。脅かすなよ」
「アルバ、あれ」
ルチアが指さした先、教会の扉は開け放たれていた。
「私達、ここを出た時ちゃんと扉を閉めていきました、よね」
「…!」
アルバは顔を強張らせる。が、すぐにへらと笑った。
(それはない。それはねえはずだ)
(約束と違う)
「…あ、ぁあ?空気でも、入れ替えてんじゃねえの?」
シラヌイは教会に足を運んだ。開け放たれた扉をくぐる。フォーガンがその後ろにつき、他の者もそれに続いた。
エントランスを抜ける。
目の前には礼拝堂に続く扉、その扉もまた開け放たれていた。
礼拝堂に入る。
明かりの付いていない暗い堂内に、ステンドグラスから月光が差し込んでいた。
そして、その檀上の前に月の光に照らされ佇む男の姿があった。
「何で、お前がここに」
思わずアルバがぽつりと呟く。
そこには胸に十字傷の男——ムラサメが立っていた。
ムラサメは視線を檀上に落としながら口を開く。
「少し遅かったな」
「え…?」
ルチアは檀上に近寄る。
「!」
そこにはどっぷりとペンキを溢したかのような、真っ赤な血だまりがあった。
それを見たアルバが勢いよくムラサメの襟をつかんで引き寄せる。鼻先が触れようかという距離でも、ムラサメは動じなかった。
「何しやがった」
「はあ。相変わらず品がないな。衝動のままに行動するのは野性動物と同じだぞ君」
「てめえ…ッ」
「そこまでにしておけ」
ムラサメに食って掛かるアルバ。その背に声がかかる。声のする方を見れば、物陰からクジョーが姿を現した。
「クジョー、どういうつもりだ」
怒り立つアルバに、クジョーは厳しい目で言った。
「どういうつもりもなにも、勝手に勘違いしたのはお前じゃ。ムラサメは何もしとらん」
「な…」
アルバは息を詰まらせて沈黙する。
ルチアははっとしたように言った。
「クジョー、無事だったんですね。怪我はありませんか…?」
「ああ、無事じゃ。そこのムラサメが駆けつけてくれたおかげで私はなんともない。ある一点をのぞいてはな」
フォーガンはクジョーに問う。
「クジョー。事態の説明を…」
「フォーガン、これを」
シラヌイはフォーガンに声をかける。そして檀上に落ちていたクロスのネックレスを拾うと、言った。
「エリヤは、今どこにいる?」
「——————」
アルバの血の気が失せる。ムラサメを離すとシラヌイの手に握られたそれを見た。
「間違いない。それはあいつの」
「アルバ…?」
ルチアはアルバの顔をのぞき込む。
「くそッ!」
アルバは傍にあった長椅子を蹴った。
少しの沈黙の後、シラヌイはクジョーを見つめ言った。
「話してくれ。何が、あったか」
クジョーはため息をつく。そして少しの沈黙の後、口を開いた。
「————革命軍に、エリヤが攫われた」
0コメント