9話 夢灯された日





時刻は夜。辺りは暗く外気は冷たい。

明かりの付いていない暗い礼拝堂には、ステンドグラスから月光が差し込んでいた。

そして、その檀上にはペンキをぶちまけたような血だまりと、クロスのペンダント。

クジョーはため息をつく。

一同の視線が集まる。

少しの沈黙の後、クジョーは口を開いた。

「————革命軍に、エリヤが攫われた」








「ふざけんな。こんな事あってたまるか…駄目だ。それはあっちゃいけねえ!」

「おちつけアルバ」

傍にあった長椅子を蹴り、声を荒げるアルバにフォーガンが声をかける。だがアルバはそれを遮っていった。

「これが落ち着いてられるかよ!」

「取り乱すな、それこそ奴らの思う壺だろう!」

フォーガンの言葉にアルバは黙り込む。軽く舌打ちをし、拳を握りしめた。一同の様子を見ていたクジョーが、遠い目で呟く。

「何もできなかった」

「どういう、ことですか?」

ルチアは問う。クジョーはゆっくりと口を開いた。

「私の目に映るよりも先に、全て事は終わっていた」

クジョーの言葉にアルバは目を見開く。クジョーは続けた。

「そして奴らの狙いはエリヤだけじゃ。ムラサメがここに駆け付けなければ、私はこの首を落とされていたろうな」

一同は固唾をのんだ。

ムラサメは、壁に背を預けながら口を開く。その視線はシラヌイを捉えていた。

「忠告はしたはずだぜ」

「ああ、返す言葉もない」

シラヌイは真っすぐにムラサメを見つめ返す。

「だがエリヤがどこへ連れていかれたのか、お前には心当たりがあるんだろう?」

「え…、そう、なんですか?」

ルチアはムラサメをみる。ムラサメは気怠げに目を伏せた。

「でなければここで俺たちを待たん。知ってるんだな?連れてってくれ」

「ああ、その通りさ。だがまだ確証は得ていないよ」

「かまわん」

「…わかった。案内するよ、シラヌイ」

ムラサメは身を起こすと出口へ歩き出した。その肩をアルバが掴む。

「そんな急に出てきて案内しますって、信用出来ると思うか?研究所でのこと、忘れたとは言わせねえぞ」

ムラサメはアルバに一目もくれず答えた。

「不審に思うのも無理はない。だがね、彼、エリヤ先生には借りがある。困るのさ、死んでもらっちゃ」

「あ…?」

「僕ら軍人は彼に頭を上げられないほど借りがある。彼は軍医だった。意味はわかるね?」

シラヌイはムラサメとアルバの間に立つ。

「離してやれ。この男に敵意はない」

「いいや認めねえぞ。俺は反対だ。信用ならねえ!こいつの力を借りなくたって俺が」

「君がそれをいうのか。笑えない冗談だ」

アルバの額に青筋が走る。ムラサメはようやっとアルバに視線を送ると、肩を掴んでいる腕をとった。

「————な」

その瞬間、アルバの体が回転する。ぐるり、気がつくとアルバは床に叩きつけられていた。

「ッ!?」

「アルバ!」

思わずルチアが声を上げる。ムラサメはぱん、と土埃を払うとなぎ倒したアルバを見おろした。

「見えたか?僕の動き。いや見えなかったろう。”そういうふうに動いた”からね」

「な、に」

「格の違いは歴然だ。この間の戦闘でわからなかったかな?言ったろう、弱者は戦場に立つなと。吠えていきがるだけでは何も守れない。現に今も命が脅かされている」

アルバは唇を噛みしめ沈黙する。返す言葉もない。唇が切れ、血の味がした気がした。

「首をつっこむのは簡単だよ。だがその先は?力を持たぬものの末路を考えたことはあるか?何も掴めず、死ぬんだぞ」

ムラサメはそう言い捨てると、忌々しげに鼻を鳴らした。

「さあ、行くんだろシラヌイ。そこの四ツ目のはどうする?」

ルチアは息をのんだ。ムラサメの気迫に言葉が出ない。そして自身の名を呼ばれない事に、ぐっと瞼を閉じた。

(私は、弱者だ)

フォーガンは静かに答えた。

「行きましょう。戦力は多いに越したことはない。今は手を組むのが最善、利害も一致している。拒む理由はない」

フォーガンの言葉にシラヌイも頷く。

「ああ、エリヤを助けよう」

「…勝手にしろ」

「アルバ…!」

ルチアが声をかける。しかしアルバは見向きもしない。一同の横を通り過ぎると、外の夜闇に姿を消した。

「まってください!」

ルチアはアルバを追い、その場を後にした。

「ムラサメ、身を案じてくれるのはありがたいが、やりすぎだ。アルバを煽らないでくれ」

シラヌイはアルバ達の去った先を見つめながら言った。ムラサメはそれに答えるように呟いた。

「君は純粋すぎる、気をつけるといい」

「…」

「いや、なんでもない。悪かったよ」

ムラサメは柔らかくほほ笑む。シラヌイはムラサメを見つめたが、ムラサメの表情は変わらなかった。

「いつ出る?」

「十中八九これは罠だ、向こうは万全の状態で君を待っている。奇襲しようが門から入ろうが変わらない」

「でしょうな」

「だが早いほうがいい。そうだろ」

「ああ。君たちが来るまで、先生を殺すつもりはないにしろ、相手の出方はわからないからね」

3人は思案を巡らせる。

「でも、そうだな。もう少し調べてもいいかい。このままじゃ後味が悪いだろ?明日の朝までに僕が場所を調べておく。それまでに誰が行くのか話をつけておくといいさ」


ムラサメはそういうとひらひらと手を振って姿を消した。

シラヌイはその背中が消えていった夜闇を見つめたまま、腰に下げた刀の柄を握った。

「シラヌイ、どうかしましたか…?」

フォーガンが声をかける。シラヌイは遠くを見据えたまま口を開いた。

「いいや。なんでもない」








「アルバ…!」

ルチアはアルバを追いかけ森の中を走る。

「まって、待ってください!」

「ついてくんじゃねえ」

その声にルチアはびくりと肩を震わせて止まる。

アルバもまた立ち止まり、小さく呟いた。

「悪い」

「…いいえ。アルバの気持ちも、わかりますから」

沈黙。

夜の虫が鳴いている。

静寂の中、アルバは無造作に頭をかきぼそりと呟いた。

「はあ~。カッコ悪…」

「…」

「なあ、ルチア」

「はい」

「昔話に、つきあってくれるか」

ルチアははっと顔を上げる。そして嬉しそうに眉を下げ、顔をほころばせた。

「ええ、勿論です」










ぱちぱちと火が爆ぜる。

焚火に照らされたアルバの顔に影がさす。

ルチアはアルバの言葉を待つ。

そうしてやっと、アルバは重たい口を開いた。

「俺は…。俺はよお、そりゃ生まれも育ちも最低最悪の…ろくでもねえ男なのさ―———











——アルバはいつかの記憶を語った。


あれはそうだな…。ひっかけた女がヤバい奴だった時のことだ。

俺は毎日といっていいほど、酒と女、ギャンブルと、テンプレートのように遊び惚けていた。

やりたいことも、ご立派な夢もなかったからな。

だから適当にふらふらと、ひっかけたその女が美人局で、屈強なあんちゃんが出てきたって、へーきな顔で突っ立ってた。体力だけは自身があったから。ある程度殴りあって、運良けりゃ勝ってトンヅラ。運悪きゃちょこっと金を巻き上げられて終い。そういう繰り返し。それも慣れた。だから平然としてたのさ。でもな、その日は違った。”闖入者”がいたんだよ。


結局その日は運の悪いほうで、俺も”そいつ”も金を巻き上げられて路地裏に転がってた。



「いてえ~。てめえ何で割り込んできやがった。余計なことしてんじゃねえよ」

「あはは…やられちゃいましたね。ってあれ、まさかそれ心配してくれてます?」

「んなわけねーだろ。呆れてんだよ!喧嘩も慣れてねえくせして出しゃばりやがって、理解できねえ!オマエ、どうかしてるぜ」

「私はエリヤ=サンチェス」

「聞いてねえ」

「オマエ、じゃなく…エリヤと呼んでください。あ、先生でもいいですよ?町医者と神父をしておりますので!無免許ですけど!」

「ヤブ医者じゃねえか!」

「貴方は?よければ貴方の名を教えてくださいませんか」



俺は正直そいつの事なんてどうでもよかった。だから無視してすぐその場を後にした。

でもその後もあいつは俺に声をかけてくるようになった。街角でばったり、会うたびに。



「元気そうでよかった!」

「…」

それから俺はそいつに金をせびるようになった。いいカモだと思ったんだ。

「なあ、金かしてくんない?」

「ええ、いいですよ」

なんどせびっても、あいつは快く貸してくれた。馬鹿だよな、いい加減気づけよって。思った。

だから俺は、スゲー嫌いだったんだ。

—————そんなある日のことだ。




「エリヤ…?」

「どうしたのアルバお兄ちゃん」

「先生はどこいった?なあ」

「エリヤ先生、お歌の時間の途中で大人の人たちと出てっちゃった」

「な…」

「どうしたの?」

「いいや。何、大丈夫だ」

「アルバ!今日は何してあそぶ?お歌の時間なくなっちゃったし、みんなひまなの。あそんでくれるよね!」

「いや、おれは、用事があっからさ。お前たちはお友達同士で、あそんでな」

「うん!わかった!じゃあねアルバ!」

「…」


わかってたことだ。

俺は好き放題やってきたから、俺を恨む奴はいくらでもいる。そしてその矛先がいつか、俺に近い人間にむくことは。だからずっとひとりでいたんだ。

わかってた、はずなのになあ。



俺がそいつを見つけたときにはもう、そいつは路地裏に寝っ転がってた。



「はは、お恥ずかしい所を!私も鍛えないといけませんねえ」

そいつは笑ってたよ。

「ふざけるな」

俺が、顔を腫らしたそいつにかけたのは罵声だった。

「笑ってんじゃねえ」

「俺に、関わるからそうなる。そういうの————イライラすんだよ」

そいつは静かに俺を観てた。それが耐えられなくて、俺は飛び出した。





「あーあ、また一文無しに逆戻りだ。ったく、うざってえ雨だな」

煙草を咥え、火を着ける。

——シュ

そのライターは音を立てる。火はつかなかった。

「ま、いいさ。帰る場所があるつうのは元々性に合ってないのさ」

———シュボ

「所詮俺は野良犬、自由にいきて、縛られずに、面白おかしく……くそッ!火がつかねえ。一服すら俺には許されねえのか―――—あ?」

———————シュボ、ぱちぱち…

「火、つきましたよ」

「……」

「一服どうぞ、アルバ」

「…ああ」

「あっ私もいいですか?……ううんやめておいた方がいい感じですね。ありがとうございます結構です」

そいつは少しむせた後、渋い顔をして俺に煙草を返した。

俺は震える唇を抑えて言ったよ。

うまく、誤魔化せてたかは…しらないけどさ



それが、エリヤに初めて言った感謝のことばだった。











気が付けば、焚火の火は小さくなっていた。

アルバの瞳は落ち着いていた。

「で、まあそっからは教会にずるずる世話になって~今に…いたる!以上!」

にか!と歯を見せて笑うアルバに、ルチアは目を細めた。

「アルバ…」

「祈りの言葉も、歌も何一つ響かねえが、エリヤの事は信じていいと思った。俺みてえなゴミにだって馬鹿みたいに甘え!初めてだったよ、あんな奴に会ったのは」

そういうとアルバは眉間にしわを寄せ、神妙な面持ちで呟いた。

「そうさ、だから彼奴が…こんな反逆を企ててるなんて知った時は止めたよ。無謀だからな」

ルチアは息をのむ。

「エリヤは…なんと?」

「自分に出来ることをする。見て見ぬふりは、できないってよ」

「エリヤらしい、ですね」

「こんな喧騒に巻き込みたくなかった。でもあいつは頑固だから、やるって聞かねえからさ。だったら付き合ってやろうと…。絶対に守ってやると誓った。どんな手を使っても…な」

アルバは唇を噛む。大きなため息をつくと、両手を頭の後ろに組んだ。

「でも結局こうなっちまった!やれやれ、俺はなにやってんだかな」

アルバは頭をかいた。だがその目は真剣だった。アルバはルチアに視線を戻し、申し訳なさそうに口の端を上げて笑った。

「どこまでも、自分勝手で都合のいい男なのさ。悪かったな、当たり散らかしちまって。落ち着いたよ」

「いいえ、平気です。みんなも分かってくれる。エリヤも、きっと大丈夫です。タフな人ですから!助けましょう。アルバも一緒に!」

アルバは少し驚いたように目を丸くした。ルチアは続けた。

「私達に、出来ることをしましょう?」

「はは。そうだな。ありがとうルチア」

ルチアはほほ笑む。それに応えるように、アルバは歯を見せて笑った。

「お前、いい女だよ!」

するとルチアは半身をのけぞらせ大げさな反応をした。

「うわ、それはセクハラですよ」

「は、はぁ!?なんでそうなる!?」

「これだからおじさんは…」

「まだお兄さんだっつうの!」

いつもの調子に戻ったアルバにルチアはくすりと笑った。

「ふふ、でもアルバが思ったより悪い人じゃなくて安心しました」

「…!」

ルチアは膝に手を当て立ち上がる。そして手を差し伸べて言った。

「一緒に頑張りましょう!へへ、よろしくお願いしますね!アルバ!」

「ったく、お前達といると調子狂うわ…」

アルバは腰をあげる。目の前に差し伸べられたルチアの手を見る。

が、その手を取ることはなかった。

ぱち

ぱち


ぱち


焚火は小さく燃え続けていた。








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