12話 決戦前夜




教会。

その一室に一同は集まっていた。そこへシラヌイの様子を見てきたエリヤが戻った。

クジョーは声をかける。

「シラヌイはどうじゃ」

その言葉にエリヤはぱっと笑って見せる。

「少し安静にしていれば大丈夫ですよ」

それぞれはソファーに座り、壁にもたれている。が、誰もが暗い顔をしていた。

「本当に…?」

ルチアの顔は依然暗いまま、ソファーに腰掛け手元を見ていた。

少しの沈黙の後、フォーガンは口を開く。

「…今は状況を整理しよう。小生らは敵の情報を得たのだ。そうですね、クジョー」

「え…?」

伏せていた顔を上げる、ルチアがクジョーを見ると力強く頷いた。

「うむ、エリヤが攫われた時、咄嗟に小型監視レンズを忍ばせておいた。お前たちがエリヤを助けに行っている間、何もしていなかったわけではないぞ」

「抜け目ねえな」

アルバはヒュウと口笛を吹く。クジョーはニヤリと笑って言った。

「私は天才じゃからの、たいていの事はできるわい!」

えっへん、と胸を張るクジョー。その様子にルチアは少し顔が綻び——俯いた。

「そもそもあいつは死んだはず、生きて動いているのは不自然。なにかからくりがあると思っていたのじゃ」

「案の定というわけですな」

「ああ、監視レンズごしに解析したがローズブレインの言っていたことは本当じゃ。マシンを人体にねじ込み、脳機能だけを維持させ、インフィニティフォース…IFエネルギーの力で体を機能させる…。”死んでいながら生きている”とはうまく言ったものじゃ。もう何が起きても私は驚かんぞ!」

クジョーは口を尖らせ渋い顔をする。が、すぐさま真剣な表情に変わった。

「当時の研究者共には虫唾が走る。人体にIFエネルギーを流すなど正気ではない。倫理に反する。そもそも死んでいれば問題はないとでも?大ありじゃっつうの」

やれやれと両手を頭の後ろに組み、ソファーに沈む。クジョーはそのままエリヤに視線を向けた。

「それと、あやつの超能力とやらだが」

クジョーの視線にエリヤは続けた。

「ええ。彼の力…その実は<音波による脳の暗示>だった…。そして計画を遂行するための全能の力…∞の力を得るための”道具”とは、おそらくその音波を発生させていた弦が関係しているでしょう。つまりあれは彼自身の力ではない、”道具”が他にある」

フォーガンは静かに告げる。

「つまりその”道具”を壊せば計画とやらを阻むことが出来るかもしれない」

がばり、と上半身をバネのようにしてクジョーは起き上がった。すた、と立ち上がると腰に手を当てて言った。

「っと。うむ!今わかったのはこのあたりじゃの。一歩前進じゃ!」

「それが、何かも、わからないのに…?」

ルチアが小さく呟く。

一同は沈黙した。

ルチアは神妙な面持ちで顔を上げた。

「…あの塔で、ブレインは∞の力を行使する時を待っているのですね」

ルチアの言葉に一同の脳に先の光景が映し出される。廃墟を後にした時に見た塔。幾何学的でいて生きているかのようなソレを。

「人類剪定計画。感情を切り取り、ローズブレインの人形として保管される…」

ぼんやりとルチアは口を開くと、表情を陰らせた。

「うむ。ここまで来いと言わんばかりの主張。最終ダンジョンっちゅうわけじゃの」

重苦しい空気。

それを切るようにエリヤは手を合わせ、ぱあっと笑って見せた。

「まあいろいろと情報がなだれ込んできて混乱するでしょう。が、難しく考える必要はありません!」

「…」

「知れたこと!要するに塔に乗り込んで”道具”とやらを壊せばいいのじゃ!!」

「あ、ちょっとそれ私のセリフ!」

なはは!とクジョーは屈託なく笑う。エリヤは唇をとがらせた。

しかし軽快な二人とは裏腹に、一同は顔を曇らせていた。

ズコー!とクジョーとエリヤは床を滑る。

「暗~~~~!暗いです!もっと喜んでいいんですよお!?」

「エリヤも無事!手がかりもゲット!いいことずくしじゃろ!」

「…勝てると思うのか?本当に?」

アルバは壁にもたれたまま呟いた。

「!」

沈黙を守ってきたアルバは初めて口を開く。その声は低かった。

「エリヤ。お前もヘラヘラしてんじゃねえぜ。殺されかけたんだぞ」

「いいえ、私は生きていますよ」

にこり、エリヤはほほ笑む。アルバはその様子を一瞥すると眉間にしわを寄せた。

「こっちは音波を鳴らされたら即座に無力だ。暗示か何だかわからねえがそれを解くトリガーも何かはわかんねえ。ムラサメみたいにはいかねえぞ。そもそも相手はこの都市そのもの。正面突破じゃ勝ち目ねえぜ」

その言葉にルチアはさらに表情を曇らせた。エリヤ達も真剣な面持ちになる。

アルバは飄々とした表情で告げた。

「歯向かっていい相手じゃ、なかったんだわ。もう…よそうぜ、歯向かうのは」

「アルバ!」

エリヤが声を上げる。

「死んじまったら何もかも終いなんだぞッ!!」

アルバもまた叫んだ。

普段の飄々とした様子とはかけ離れた、悲痛な声に一同は固唾をのむ。

「見たかねえんだよ。死にそうなやつの顔なんて」



一瞬にして永遠にも感じる間。

ルチアが何か言おうと立ち上がり、口を開いた時。

「話は、きかせてもらった」

「!」

一同は声の方向を振り返る。そこにはシラヌイが立っていた。

上半身には包帯が巻かれており、その上にジャケットを羽織っている。散った前髪で顔色はうかがえず、ただ静かにこちらを見ていた。

フォーガンは慌てて駆け寄る。

「シラヌイ!?傷はどうしたのですか!まだ動いてはなりませんぞ!」

「もう、動ける」

シラヌイは焦るフォーガンに胸の包帯を引きちぎって見せた。

晒されたその胸には傷跡はない。

「治癒は済んでいる」

「その、よう、ですな…」

「ああ。それでだ。俺はこのレジスタンスを抜ける」


「—————え?」

シラヌイの口から発された言葉。

突然の事に、それぞれが唖然とした。

少しの間。

その沈黙をシラヌイは切った。

「世話になったな。協力、感謝する」

「待って!」

立ち去ろうとしたシラヌイの腕をルチアは掴んだ。

シラヌイは振り返らない。

ルチアは続けた。

「わかりません。言ってくれなきゃ。あなたの言葉で」

「…」

「私が弱いからですか?足を引っ張ってばかりだからですか?」

「そうじゃない」

「ならちゃんと言ってください!あなたはいつだってそう!言葉が足りない!何もしらないまま置いて行かれるなんて、納得できません!」

ルチアは叫ぶ。シラヌイは押し黙った後、口を開いた。

「いずれ、誰かが死ぬ」

「え…?」

「今回ばかりはお前たちも危険だった。これ以上巻き込んでしまえば…ムラサメが忠告したように、いつか誰かが死ぬ」

その言葉にルチアは息が詰まった。

「俺はあいつを今度こそ殺さなくちゃいけない。この手で。必ずだ。今、すぐに。あいつなら俺が単独で攻め入れば自分の所へ通すだろう。わざわざ事を大きくする必要はない。俺一人でカタをつける。最初から…そうする手筈だったんだ」

握りしめた拳に力が増す。

シラヌイの口から零れる言葉は次第に熱を持っていった。

金色の瞳がギラリと揺れる。


「俺ならば殺せる。その力がある。俺はその為にここに在るんだ…ッ!!」


と、その時。シラヌイの頬を拳がかすめた。

「———なんのつもりだ」

ルチアは避けられた掴まれた拳をそのままに、シラヌイを見つめていた。

「私と、戦ってくださいシラヌイ」

「ルチア!?」

フォーガンが驚いた様子で止めに入ろうと動く。が、それはクジョーに制された。

「ルチア!放っておけ!シラヌイの言う事はもっともだ、ブレインなら」

アルバの声に被せるように。ルチアは振り返らず言い放った。

「それで本当にいいんですか!?!?!?」

「…!」

アルバは言葉に詰まる。

ルチアは絞り出すように言った。

「見てるだけは…嫌です…」

はっとエリヤはルチアを見る。エリヤは神妙な表情になると、身を乗り出したアルバを止めた。

「止めないで、やってください」

「はあ!?」

アルバは目を丸くしてエリヤに抗議する。エリヤは真剣な瞳で言った。

「これは理屈の問題ではないのです」

「何でだよ。どうしてお前たちはそうも…」


ルチアは拳を構える。シラヌイは少し沈黙するとルチアに向き直って言った。

「後悔するなよ」








ドン

「ッはあああああああああ!!」

シラヌイにルチアの拳が迫る。が、それは空をきり、シラヌイは自身の頭の横にある拳を前動作なしに裏拳で弾き飛ばす。

「ッ」

勢いよく弾かれ、持っていかれそうになる右腕にルチアは歯を食いしばる。

肩を上下させ口で息をしながらも、片方、空いていた左拳をシラヌイに撃った。

「ああッ!!」

「単純すぎる。もう少し考えろ」

シラヌイは床を蹴り軽い動作で後方に飛んだ。

左拳は再び空をきる

———————はずの左拳はシラヌイの胸ぐらを掴んだ。

「な」


一瞬シラヌイの足がよろめく、その瞬間

ルチアは勢いよくシラヌイの額に頭を叩きつけた。


鈍い音。

額と額がぶつかる痛みにルチアは唸る。

「ったあ~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

よろりと額を抑えるルチア。シラヌイは一瞬目を丸くしたが、すぐさまその手を掴み、ルチアを床に叩き伏せた。

「わぶっ」

そしてルチアにまたがり拳を構えた。

と、そこにクジョーの声が響く。

「そこまでじゃ—————!!」

「…はっ!」

床に仰向けに倒れたままルチアは目を丸くした。ばちり、少し驚いた顔をしているシラヌイと目が合う。

そこへやれやれとため息をつきながらエリヤが歩み寄った。

見つめあい硬直する二人のそばにしゃがみこむと、二人の頬をつねる。

「!」

「いだだだだだ!」

二人は痛みにハッと我に返り、にこにこと微笑みながら力をこめるエリヤを見る。そしてぱちぱちと瞬きした。

「ルチア。気持ちはわかりますがね。そこまでにしておきなさい」

「ご、ごめんなさい!?」

二人はそういうとずばっと体を起こしそこに正座した。

こつん、エリヤがシラヌイの額をこづく。シラヌイは呆然としていた。

「それにシラヌイ、あなたもですよ。私達が一人で行かせるとお思いですか?」

シラヌイは渋い顔をする。

「それは…」

エリヤは気に留めず続けた。

にこにことした微笑はしまい、それは真剣な表情だった。

「エリヤ…」

「貴方一人が戦えばいいだなんて、そんなことありはしません。確かにシラヌイは強い、一人でどこへでも行くのでしょう。ですがね、放ってはおけないんですよ。そうして一人で戦っていては…いつか、擦り切れてしまうではありませんか」

静かに、エリヤはシラヌイの胸に手を当てる。

そこに傷跡はない、がエリヤは目を細めた。

「…体の傷より辛く、痛むものがあります。それはじわじわと、内から体を蝕んで…目の前を暗ませてしまう。——孤独はその人を喰らう。あなたも人の子…そうなってしまわないよう、私たちはあなたを独りにはしたくないのです」

エリヤは優しく微笑む。と、その体がべしゃりと床に圧し潰される。

「っわあ!」

見上げると、床にへばりつくエリヤの背に胡坐をかいたクジョーが身を乗り出していた。

歯を見せてクジョーは笑う。

「賑やかなの、好きなんじゃろ?」

「それと、あなたの無茶をフォローする者も必要ではありませんか?」

ずい、フォーガンはシラヌイの前に立つと正座しているその身を引き上げ立たせる。

シラヌイがフォーガンを見ると、フォーガンはウインクをしてみせた。

シラヌイは少し黙ったあと、小さく笑って言った。

「そう、だな。…ありがとう」

「うん、笑った顔が小生は一番好きですぞ!」

「!」

はっとシラヌイはフォーガンを見上げる。

「俺も、そう思う」

そうして壁によりかかったままのアルバを見て、にっと歯を見せて笑って見せた。

アルバは視線を交わさないまま、息を吐き片眉を上げて苦笑いをした。

「…………。……はっ、強かだなお前は」


「なははははは!!だがこういうのは好きじゃぞうち!!かなり好きじゃ!!」

部屋にクジョーの高笑いが響く。

肩の力が抜けたようで、フォーガンはがっくしとうなだれた。

「ははは…やれやれ。肝を冷やしましたぞ」

「よいではないかよいではないか!!戦って生まれる絆もあろう!寧ろお前たちはそういうタチだ!

で、シラヌイよ。お前はどうするつもりじゃ?キョトン顔のルチアのために言ってくれ」

「ふ、ああそうだな。ついてくるなといってもついてくるんだろう?」

シラヌイの言葉にそれぞれが返事をした。

「ええ、勿論です。そうですね?皆さん」

「お任せくだされ」

「うむ!」

「ま、そうなるわなあ」

アルバの言葉を最後に、シラヌイはルチアに向き直る。

そうして正座したままのルチアに手を差し出した。


「力を、貸してくれるか?ルチア」

「—————」

目を白黒させていたルチアがはっと我に返る。

息が詰まった。唇が震えた。

ふるえる唇を横に引き結ぶと、胸を抑え声を絞り出した。

(いつもそうだ。貴方はこの手をとって立ち上がらせてくれる)

(敵わないなあ)

「…っはい。—————はい、シラヌイ!!」

その手を取ると、勢いよく腕を引かれた。

思わず顔が近くなる。

シラヌイはルチアに聞こえるかどうかの、小さな声で呟いた。

「…ありがとう」

その微笑みは穏やかだった。


「た~~~~くよっ!ルチアちゃんには驚かされたぜ!無茶すんじゃねーぞ!」

やれやれと首をふるアルバ。その軽快な様子にルチアはほっと胸を撫でおろす。顔が綻ぶのがわかった。

「あ、はは…すみませんつい…!」

「で…全員で総力決して、その策は?」

アルバは横目でエリヤを見る。エリヤはふふんと自慢げに鼻をならした。

「ふっふっふ~!!よくぞ聞いてくれました!」

「ほう、もうあるのか」

「ええ、大まかにはね。というのも実はもう一つ、私たちは情報を得ていたのです!あやうく忘れる所でしたが、思い出しました!」

「忘れてるやないか~~~い」

「私たちが去る前、彼がこう言っていたのをきいたんですよ。”月が満ちる時まで”と」

「月…?」

ルチアとシラヌイが首をかしげる。と、クジョーが目を輝かせた。

「はっ、そうか!そうかそうか!」

「何かわかったのですかクジョー!」

「この地に流れるインフィニティフォース、その波の強さは月の満ち欠けで左右される!そして最も波が安定するのは——」

「——満月の日、つまり明日の夜です!!」

クジョーの言葉にエリヤが続ける。二人はパァンと固く握手した。

「と、いう事は……!」

ルチアはばっとシラヌイを見た。シラヌイはそれに応えるように言った。

「明日の夜までにカタをつければ良い!」

二人は顔を見合わす。そして大きく頷いた。

「よ——し!話はまとまったな!!では明日が最期の戦いになるじゃろう。それまでは休め!!おのおのの時間を過ごすが良い!!」

ニッとクジョーは笑う。一同はそれぞれに返事をした。

「そ―——ら解散じゃあ!」




「おやすみなさい~」

それぞれに解散する一同を見送る背中。クジョーはエリヤに声をかけた。

「お前も休めよエリヤ」

「………。

ちょっとちょっと!え?何です急に。私は元気ですが…」

クジョーは歩み寄ると、エリヤの脇腹をわしづかんだ。エリヤの表情が痛みに歪む。

「その様子だと縫い合わせただけじゃな?治療ジェルはシラヌイに使い切ったのだろうが痛み止めは?」

ぱっと手を離すとクジョーは腕を組む。エリヤは答えない。

その様子にクジョーはきりりと睨むと、エリヤを見上げながら言った。

「それにだな。殴って眠らせた方がいいか?おまえ、いつまで寝ずにいるつもりじゃ?」

エリヤは眉を下げて苦笑いをする。そして頬をかいた。

「平気ですよ。慣れてますから」

「シラヌイは気づいておる。あやつらに心配をかけるな」

「…」

「アルバが怒るのも、道理じゃの」

エリヤが観念したように脱力する。

「…はあ。全く、叶いませんね。少し、寝てきます。交代ですよ、次は貴方ですから」

クジョーはにんまりと笑った。

「うむ!そのつもりじゃ!」

「クジョー、貴方も一緒に寝ますか?」

「なははは!私の寝相は悪い!お前を抱き潰してしまうぞ!いいのか」

「結構です」

バタン

エリヤが部屋を後にする。それを見送るとクジョーは両手を上げて伸びをした。

「ったく、世話のかかるやつらじゃ!さて。夜はまだ長い。あやつらに少しは楽をさせてやらねばなあ。やるぞ〜〜!!」











教会の外、その庭では夜の虫が鳴いていた。

風がルチアの髪をさらう。


「隣、いいですか」

「ああ」

ルチアはベンチに座るシラヌイの隣に座った。シラヌイは静かに夜の庭を見つめている。

「シラヌイも、眠れないんですか?」

「そんなところだな」

少しの沈黙。

もうすぐで満ちると言った様子の月をルチアは見上げた。そして視線をシラヌイに向ける。

シラヌイは静かに庭を見ていた。顔はそのままに横目でルチアを見ると小さく笑った。

「そんなに見つめられると、俺の顔に穴が空いてしまうぞ」

「あ、わっ、す、すみません!!」

かっとルチアの顔が真っ赤に染まる。そうして慌てて視線を庭に向けた。

「いいさ、お前の目は好きだからな」

「もう~~~!!」

ぱたぱたと顔を仰ぐルチアをよそにシラヌイは静かに呟く。

「なあルチア、お前に武器は似合わん」

「え」

ドキリ、とルチアの胸が詰まる。

冷汗が首筋を伝った。

「わ、私戦えますッ!!」

それを知ってか、シラヌイはふっと笑いこぼす。

「まあ聞け。戦力外だと言ってるわけじゃない。お前の拳には迷いがなかった。そういう事さ」

シラヌイの顔がルチアに向き直る。月の光にシラヌイの瞳が反射する。

その瞳は穏やかだった。

「お前は戦うことが怖いんじゃない。誰かを傷つけたくないんだ」

「私…が?」

「ああ。お前のやさしさが迷いを生む。ならば武器を捨てろ。その時、お前は存分に戦えるだろうさ」

「でも、武器が無いと倒せない…!」

「倒さなくたっていい」

「え…?ど、どういう」

「お前は既に答えを得ている」

シラヌイの言葉にルチアは考え込んだ。が、わからない。ルチアは顔を上げて問うた。

「…。どうしてそこまで言ってくれるんですか?」

「惚れたのさ、そのがむしゃらな真っすぐさに」

「えっええ!?!??!」

カッと顔が熱くなるのを感じる。

ルチアはぎゃあと悲鳴を上げると勢いよく立ち上がった。ぱたぱたと顔を仰ぐ。

「はは、良かった。そうして賑やかでいてくれ」

「ぐうういじわるだ」

「心配事はあるだろうがそれは皆明日の事だ。気にしなくていい」

「な…!」

はっとルチアは振り返る。

シラヌイは真剣な表情をしていた。

「えっと…。わかり、ますか」

「ああ、お前は人一倍わかりやすい。気がかりが、あるんだろう?」

「たはは…。駄目だな私。やっぱ、気になって」

ルチアの瞳に影が差す。そこには後悔が浮かんでいた。

「あの子…グロウルの事…」




翠髪の美しい彼女。

ルチアが最後に目にしたのは怯え切った姿だった。

「そうか、そんなことが」

「ええ、あの時、彼女は楽しそうに笑ってた。それが、あんな…何か、あるはずなんです。今、どうしているのか。何故、ブレインの元にいるのか」

あの時、空をきった手のひらを見つめる。そしてぐっと握り込んだ。

「私はあの時グロウルの手を掴めなかった。…悔しくて。悔しくて!目の前に…いたんだけどな。

騎士として、最悪。私は自分が…許せない。———だから今度は絶対助ける」

ルチアは真っすぐに拳を見つめる。その様子にシラヌイはほほ笑んだ。

「お前なら、大丈夫だ。ははっ、初めに出会ったのがルチアでよかった!」

ルチアは勢いよく顔をあげる。そしてぶんぶんと千切れんばかりに首を振った。

「えっなんですか!?よよよよよよしてください!明日死ぬわけじゃないんですから!物騒ですよ!縁起悪いですよ!!」

「…はは」

「でも、そう、ですね。それは…とっても嬉しい。です!」

へらり、ルチアはほほ笑む。そして胸に手を当てて言った。

「だから…その、も、もっと頼ってください!私にできる事なら!なんだって!これでも結構成長したんです!」

「なんだってえ?」

シラヌイは悪戯っぽく笑って見せる。それに慌ててルチアは手を振った。

「あっ、限度はありますがね!?」

「頼み事か…そうだな…」

腕を組み、瞼を閉じるとシラヌイはうーんと唸った。

「誰かに求める望みなんて考えたこともなかったが…まあ、また考えておこう」

ちょっと!とルチアは抗議する。その様子にシラヌイは歯を見せて笑った。

「はあ…いつもそうなんですから…」

ルチアは言葉を詰まらせる。

「どうした?」

「あの…ちょっと気になったんですけど。シラヌイは、ローズブレインと何か関係が…?」



ざあ


その時、夜の風が二人の間を吹きぬけた。

「シラヌイ…?」

強い風に、夜空の月に雲がかかった。

シラヌイの顔に影を落とす。

少しの間。

シラヌイは口を開いた。

「…混乱、させたくないんだ」

風に髪が煽られ、シラヌイの表情を隠す。僅かに、その瞼が伏せられたような気がした。

「わかりました」

「!」

ルチアはシラヌイの手を取った。そしてその手を引く。勢いのままにシラヌイはベンチから腰を上げた。

風が吹く。

月を隠していた雲は流れ、二人は再び月光に照らされた。

ルチアの金の髪が光に照らされ煌めいた。

「話したくないならききません。ゆっくりで、いいです」

シラヌイは目を細める、夜だというのに少し、眩しかった。

「さ!もう夜も遅いです。明日のために休みましょう!」

ルチアはにこりと笑った。

「都市は、私達で守りましょう。私達なら大丈夫」

つられて、シラヌイもほほ笑んだ。

「そう…だな」

そしてひかれるままに、繋ぐその手を握り返した。











———たとえお前が目の前の男の残忍性を否定しようとも。これが、現実なんだ…!

ムラサメの言葉が脳裏によぎる。

シラヌイは一人、心の中で呟いた。


あの男を殺すとそう胸に刻んでいたはずだった。

それがあいつの愛したこの都市を守るため。あいつの望み。

だがあの時、この体は勝手に動いた。

変わり果てたあの男の姿も、奴が殺される事も、全てを拒んだ。

操られていたわけではない。では何故ムラサメを阻んだのか。

今度こそあの時果たせなかった願いを…それだけを思ってここまで来たはずだったのに。


言葉にならない思いに胸が詰まる。

それはシラヌイにとって初めての感覚だった。



全てが眠りにつく静寂の中、闇夜が深まってゆく。

月は、静かに沈黙していた。







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