15話 ニラヤカナヤの民
ふらり、イッセンは赤い液体を滴らせながら扉の方へ後ずさる。血の道が扉へ続く。
そうして扉の前で力を失ったように膝を折った。
が、その体は倒れることはなく。
「あ…?」
開いた扉の向こう、そこから現れた影がイッセンを支える。
動揺したようなその声の主、その姿が一同の目の前に晒された。
「イッセン…?おまえ、それ、どうした?誰がやりやがった?」
一同ははっと息をのむ。
そこには大槌の少女、シャルルが立っていた。
◇
「ラルゴの次は…イッセンか…?いい加減にしやがれ…」
ゆらり、小柄な体が揺れる。ズシリとした大槌をシャルルはゆっくりと掲げた。
「これ以上…奪われちゃ、たまんねえよなァッ!!!」
ドン!
両腕で床に叩きつけられる大槌。それを軸に、爆風で加速させ床を抉るようにシャルルが飛ぶ。
シャルルは瞳を蒼く光らせ、ゴウ、と床水平一直線にシラヌイへ襲い掛かった。
『連戦です!構えて!』
「砕けろ!!<DEATH・インパクト>!!」
巨大化した大槌がシラヌイに叩きつけられる。周囲にいた者を吹き飛ばすほどの爆風が巻き起こった。
重い圧力が床を抉る。シラヌイは刀で大槌を受け止めた。
が、その足がミシリと床に埋まった。
「!」
(以前よりも急激に強くなっている。これは…)
「っはああ!」
すかさずアルバが大槌に飛び蹴りを放つ。重心のズレた瞬間を見測ると、その隙にシラヌイは大槌を弾いた。
大槌は弾かれながら元のサイズに縮小する。
シャルルはよろよろと揺れながら顔を歪ませていた。
「ぅ、う、うう…頭が、いてえ、いてえよお…」
クジョーは周囲を見渡す。そこにイッセンの姿は無い。
(これも…トラップというわけか)
「 エリヤ、今の時刻は?」
『…夕刻を過ぎた辺り。つまり日没まで約…2、3時間ほど。急いだ方が、いいでしょう』
「…じゃろうな」
クジョーはふうと息をつく。すると左腕に装備したアーム型パワードスーツを操作した。
「展開!ビッグバンア————————ムドッ!!」
クジョーが叫ぶ。すると、グローブのようだったそのマシンは起動音と共に質量を変え、1メートルほどの巨大な腕に変形した。
「ええっ!?クジョーのマシンが変形して…巨大な腕に———!?」
ルチアが驚愕する中、クジョーはその巨大な腕を前方に突き出すように構え———その拳を射出した。
「<メガトン・パンチ>じゃあ!!」
放たれたその巨大な拳はシャルルに突撃する。着弾するその瞬間、拳はがばりと手のひらを開き、シャルルを鷲掴んだ。
シャルルは巨大な手のひらに拘束され、動きを封じられる。アルバが驚いたようにクジョーを見た。
「なんだそれすげーなアリか!?」
「アリじゃ!ここは私にまかせよ!」
一同の視線がクジョーに集まる。クジョーは射出した拳を遠隔操作したままにっと笑った。
「クジョー、いいんだな」
シラヌイが静かに告げる。それにクジョーは頷いた。
「うむ。時間も無いしの」
『駄目です!いくらクジョーといえど貴方は科学者!一人で騎士の相手をするのは』
「私に不可能などないわッッ!!!」
『!』
「なはは!…いいか?人には限界もあろう、だがそれを己で狭めてどうする!限界がきたなら突き破れッ!!心臓の動く限りなッ!!エリヤよ、それを一番理解してるのはお前じゃろうに」
少しの間。
その言葉にエリヤは絞り出すように言った。
『…わかり、ました。行きましょう』
ルチアが口を開く。
「博士なら大丈夫ですよ!」
「なはは!そうじゃ、私を侮ったこと覚えておくがいい。帰ったら後悔させてやるからの!」
クジョーはそうあっけらかんと笑うと、射出した拳を引き寄せた。ガシン!と音を立ててその拳が腕に戻り合体する。捕まれたシャルルをそのままに、二人の視線がかち合った。
「てめえ…」
「ま、そういう事じゃ。お前の相手はこの私、クジョー博士が任されたぞい!!」
一同が去り、部屋にはシャルルとクジョーが残された。
ミシリ、シャルルを掴んだ拳に亀裂が走る。
「あはッ、いいのかよ。たかだか博士が騎士とパワーで叶うわけねえよなあ…?」
「それはどうかの?うちは天才じゃからな〜」
なはは!と笑うクジョー。シャルルの額に青筋が走った。
「くそッムカつく!!馬鹿じゃねえの!?戦う科学者とかきいたことねえよ!」
「そうか?世界は広いぞお」
ミシリ
拳の亀裂が広がってゆく。
「なはははは!だが良い。良い!どーんと飛び込んで来い!その怒り!私が受けてたとう!」
「ッうるせえ、仕切ってんじゃねえええッ!!!!!」
シャルルが激昂する。その叫びと共に、マシンの拳は弾け飛んだ。
「だああああ!!」
ドガァン!
シャルルの大槌が床を、壁を抉る。クジョーは高らかに笑いながらそれを回避していた。
「ッくそ!!ちょこまか逃げてんじゃねえ!」
「ふむ、そんなものか?シャルルよ。え〜い私を捕まえてみろ!ここじゃここじゃ!」
「このッッ!!!」
再びシャルルが大槌を振るう。が、クジョーは左腕のパワードスーツの磁力を利用し天井に吸着して回避した。
「なあ、シャルルよ。そろそろ休憩といかんか。私はもう満足した!」
「はあ!?ふざけるなよ、そっちから吹っ掛けてきたんだろうが。くそッ、イライラする。なんで、何で刃向かってくるんだ!」
シャルルは苦しそうに頭を抱えた。
「何でブレインに抗おうとする!?無理だ、勝てねえ!なら従えよ、じゃねえと、みんな、みんな死んじまうんだぞ!」
「…そうじゃな」
「なのにお前たちはこうして諦めずにはい上がってくる。わかんねえんだ。わかんなくなってきた。ラルゴもイッセンもやられちまった。何でだ…?ブレインは絶対なんだろ…?教えてくれよ………これじゃ、まるで、ッアタシが間違ってるみたいじゃねえかよ…!!」
ぐらり、シャルルの足元が揺れる。その瞳は蒼く、ぐるぐると目を回していた。
「ぅう、ぁぁああ!!違う、違うよな。アタシは間違ってない。間違ってなんかないんだ。だってこうするしかないんだから!!」
「それはどうかな」
「え…?」
シャルルが顔を上げる。すぐ傍にクジョーは歩み寄ってきていた。
その目は何処までも真剣だった。
「お前達のやり方では多くの者が犠牲になるのだ。それは…良くない。そうじゃろ」
「仕方ッねえだろッ!これしか、ないんだろッ!?そう言ってた、ブレインはこうでしか、みんなを救えないって!!」
「いいや。そんな事はないぞ…メイリ―」
シャルルの目が見開かれる。
「………は。ど、うして、その名前」
「シャルル=ド=アンデス…違う、おまえの名はシャルル=ヰ=メイリ― 。そうだろう」
「なん、で…」
「私がただの科学者だと思ったか?」
はっとシャルルはクジョーの顔を見つめる。両頬の印、それはこの地の前時代の民の象徴だった。
「私の名はクジョー=ヱ=ユナ!最後のニラヤカナヤの民にして、旧都市軍唯一の協力者じゃ!」
シャルルは言葉をなくした。
「———————」
クジョーはいつになく真剣な表情で語り掛ける。シャルルは動けなかった
(なんで、今になって)
「内部の事なら私も知っている。ニラヤカナヤの民がどれ程疎まれたかも、半血故にお前がどのような扱いをうけていたかも」
部屋の中で、クジョーはシャルルの前に立ちはだかっていた。
真っすぐに、その瞳を見つめて。
もう二度と、取りこぼさぬように。
「あの時代は終戦後もうちらニラヤカナヤの民と都市軍の紛争が絶えず、都市軍側にいたお前はその血を疎まれたろう。だが今は違う。戦争は終わったのじゃ!もう己を隠さずとも良い!選べるのだ!己の道を!」
「だまれ…」
わなわなと、シャルルの唇が震えた。クジョーは一歩踏み出しその手を伸ばした。
「お前もまた私の同胞じゃ。今まで…すまんの、メイリ―!」
「だまれよ、今更出てきて、仲間面すんじゃねえ」
シャルルは大槌を振り上げる。
「今更…おっせえんだよ」
そして無防備なクジョーに向け勢いよく振り下ろした。
「—————ッアタシの前から、消えろおおおおおおおおおおおお!!!」
◇
————石を投げられた。
一つ、二つ。
ひとつひとつは小さくても、数が増せばそれは銃弾となる。
シャルル=ヲ=メイリ―
彼女はその名と、自身に流れる血を憎んだ。
心はどんどん冷え切っていく。
いっその事———そう思った時。目の前に手が差し出された。
シャルルは顔を上げる。そこには優しく微笑むローズブレインがいた。
「もう、いいんだ」
ローズブレインは穏やかな声色で言った。
「誰もお前を守りはしない」
——うん
「だが私は違う。"絶対"にお前を守ってやれる」
——うん
「さあ、おいでシャルル。君の居場所は、ここさ」
————…わかった
シャルルはその手を取ろうと手を伸ばす。
が、その手はクジョーに掴まれた。
「な―——————」
「———はぁッ、は、ぁッ」
振り上げられた大槌、それは振りかざしたままに停止していた。いや、止められていた。
「あ、あぁぁあ、ああああ!!!!」
(どうして、どうして)
押しつぶさんと迫る大槌を、クジョーは壊れたアームで押しとどめていた。
「私は、お前を一人に何ぞせん…ッ」
「…は」
シャルルの腕が震える。
「た、だの、科学者風情が。あ、アタシの一撃を…」
言葉が出なかった。
大槌を掴む機械の腕はひび割れ、火花を散らしていた。クジョーは押しつぶされんとしながらも、ほほ笑んでいた。
「その血を憎んでくれるな。お前は私たちの希望」
「ックソ。潰れろ」(やめろ)
「お前の存在が愛を証明している。誇っていいんじゃ」
「潰れろッ!!ツブれろよ!!」(やめてくれ)
「私らは弱いかもしれん、だが希望を抱かずにはおれんのじゃ!!」
(じゃないとアタシ)
腕に力がこもる。
クジョーは声を大に叫んだ。
(欲しがっちまうからよ—————————)
「お前がッ守るべきものがこんなにすぐ近くに居るッ!!!わからんのなら何度だって叫んでくれる!!なあメイリ―、私の…—————同胞よッ!!!」
一瞬の隙。その瞬間、ひび割れたアームドが再び射出された。それは勢いよく大槌を吹き飛ばした。呆然とするシャルルの手からそれが離れる。クジョーはすぐさま腕を掴み、シャルルを引き寄せた。
背後で大槌とクジョーのアームが轟音と共に壁にぶつかった。
爆風が二人を煽る。髪を靡かせながら、乾いた笑いがシャルルの口から零れた。
「もう、わかんねえや。何を、信じればいいのか」
ぽつり、と。呟く。
シャルルは腕を掴まれたまま、俯いた。
「アタシ、負けちゃったから。殺されるんだな」
「させん」
「嘘だ、無理だよ」
「無理なんてものはない」
「絶対か?」
「絶対なんてものはない」
「…ほら、やっぱ、そうじゃねえか」
シャルルの声は震えていた。
「ああ。だがな、メイリー」
シャルルの頬がクジョーの手に包まれる。顔を上げられた。
その顔は、涙にぬれていた。
「諦めるのは、つらいじゃろ?」
「…ッ、う、ん」
「なあ、皆そうじゃ。完璧な者などいない。だからみな誰かを求める。それでいいのじゃ。…私を信じろとは言わん。有無を言わさず信じさせてやる!この私がッ!…私は、クジョーは天才じゃからの!!」
クジョーは茶化すようになははと笑い。
その震える小さな体を抱きしめた。
「———ぁ」
声が出ない。はくはくと言葉にならない言葉が宙に消える。
シャルルは大きな目を開き、溢れそうになるのを堪えていた。
押し寄せる感情に胸が締め付けられる。
誰かに抱きしめられたのは、はじめてだった。
「待たせたなメイリ―。そうじゃ、私が、お前の帰る場所じゃ」
抑えきれなかった。
シャルルはせきを切ったように泣き叫んだ。
「————ぅううう、ああああああああああああん!!!!」
数年分の涙。溜まり給ったそれはダムが壊れるようにとめどなく溢れていった。
冷たく固まった何かが解ける。
シャルルは目を赤くして泣き続けた。
◇
「ふむ、なるほどなあ。そういうもんかの」
ぐすり、鼻をすすりながらもシャルルは首をかしげるクジョーに苦笑いした。
「いいんだ。アタシはこのままで。ロックでクールなほうが落ち着くのさ!それに、ブレインがどんな奴だろうと、この名をつけてあの時アタシを助けてくれたんだ。このままで、いい」
うむ!と勢いよくクジョーは頷いた。
「ところでシャルル、頭痛は治ったのか?」
「んぁ——…たしかに。もうねえな」
「ふむ…」
クジョーは腕を組み瞳を閉じて考えた。
(もしかするとこれも暗示の一種かもしれんの。ラルゴも同じ。感情の暴走…?身体的限界の一時的解放…そんなところか。感覚をトばしても負積は帰ってくる。悪手じゃな)
考え込むクジョーの顔をシャルルがのぞき込む。
「どうした?」
「んにゃ、何でもないぞ。よし、では私も行こうかの!シャルルはどうする?」
びく、とシャルルは背筋が伸びる。そしてその背を縮こまらせて言った。
「あ、アタシが…行ってもいいのかな…」
「何を言う!奴らも喜ぶぞ!友達は多い方がよいじゃろ!」
「か、簡単にいってくれるなよ!アタシだって一応気にして」
と、その時。
はっとクジョーは顔を上げる。その目はいつになく殺気立ち、普段の余裕は微塵も感じさせなかった。
「どうし…」
シャルルがそう口を開いた瞬間、その体は勢いよく突き飛ばされた。
「…クジョー何す」
驚愕に目を見開く。
クジョーの背中、その向こう側。
そこには紫のスーツを着た包帯の男、ネクロが立っていた。
「叛逆者が、また一人」
ネクロは静かに呟くと抜き身の刀身を振る。刀身にべっとりとついた赤い血が払われた。
「な…!」
見ると、シャルルの前に立つクジョーの足元に血だまりが出来ていた。
鮮血が散る。クジョーは喀血した。
「クジョー、お、おまえ…」
腕のパワードスーツが小さく爆発を起こす。そしてガシャンと音を立て、ガラクタとなって床に落ちた。さらけ出されたクジョーの左腕は、血に濡れていた。
クジョーは固唾をのむ。
(一瞬だった。やはりこの男、只者ではないな)
ネクロは無機質な声でクジョーに問いかけた。
「問う。女、仲間のもとに行くか?」
「…まあ、そのつもりじゃったが気が変わった。お前はここで殺す」
「クジョー…ッ!!そいつはダメだ、逃げろ…!」
「断言する。逃走は不可能」
「ふむ、そうか?だが、やってみにゃわらかんこともあるわッッ!!!」
クジョーはそう叫ぶと懐から拳銃を取り出す。
そして銃口を構え、引き金を引いた。
が、その時既に遅く。
拳銃を構えた時、ネクロはクジョーの懐に入っていた。
無動作。かつ一瞬の事にクジョーはスローモーションに目を開く。
(ふむ、やはり勝てん、か)
シャルルの叫びが聞こえた気がした。
目の前にはゆっくりと迫る白い刀身。
(こいつをあやつらのところへ行かせてはいけない)
(伝えなくては)
息も触れるかという距離で、ネクロは静かに囁いた。
「再度言う。それは不可能。お前は———ここで死ぬ」
その時、赤い鮮血が散った。
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