19話 ZEXON




イッセンは見下ろす。

重い鉄の大きな扉の前、そのフロアの床にはぽっかりと穴が空いていた。暗い底は見えないが、下のフロアに繋がっている事がわかる。

「………くそ!ムラサメの旦那はもうあれじゃ戦えん!

ネクロはあのままシラヌイに焚き付けて、自分はブレインを殺しにいけば良かったものを。これやから武人というのは面倒なんや!義理なんて捨てなはれや….。くそっ…なんでこう上手いこといかへんのや!!」

イッセンの視線の先、開け放たれた重い扉。その先にはローズブレインがいるのだろう。

そう思った瞬間、顔を上げたイッセンの瞳は憎悪に塗りつぶされていた。

「作戦その2や。レガリア・コア、あれとブレインが繋がった時、あの窯を破壊する」

カッと目を見開く、イッセンは笑っていた。

「なは、ははは!!この都市にニラヤカナヤの面影なんぞもうない。都市の全システムが停止しようがどうなろうとかまへん!!あいつの計画は止められへんけど力の海の中には沈めてやる。二度と戻ってこれへんように!オレはただブレインに地獄を見せれたらええ。悶え苦しめ!なはははははは!!!」

イッセンは笑う。

その声はかすれ、心の奥は晴れることはなかった。

イッセンの脳裏にかつての記憶が蘇る。

いつも通りの日常。

そこに降り注ぐ破壊の雨。

阿鼻叫喚の中、自分を庇い泣いて死んだ家族達。

彼は苛立ちを露わに壁を叩いた。

(やっと、やっと仇を討てる)

そこに背後で足音が聞こえた。

「誰や」

イッセンは勢いよく振り返る。

そこにはシャルルが立っていた。

身体中擦り傷だらけ、重い体を引きずるようにして彼女はそこに居た。

「シャルル…!」

ほっとイッセンは胸を撫でおろす。と共にずきりと胸が痛んだ。イッセンは痛みを無視して笑顔を作る。

「いや~よかった!生きとったんか!無事でなによりや!」

「クジョーが、助けてくれたんだ」

シャルルの表情は暗い。

イッセンは背筋が冷えるのを感じた。おそるおそる返答を求める。

「その、クジョーは」

シャルルは告げる。

「………あいつは、アタシを庇って…死んだよ」

イッセンの表情が固まった。

顔が引きつるのが解る。イッセンは笑顔を崩した。

「は?待ちいや、そんなん、冗談とちゃうで」

「…」

返答はない。

イッセンは目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。

足元が揺れる、視界が滲んだ気がした。

「な、はは。まだ、奪うんか、あの男は。故郷も、仲間も、クジョーさえもッ!!」

そう叫んだかと思うと、イッセンはにへらと笑った。それはひどく歪だった。

「その様子やと話は聞いたんやろ?ならオレらは仲間や。ブレインは同胞の仇なんや。残ったオレらがやらなあかんのや」

「イッセン…」

「あの男は、あの男だけは!!地獄に落ちなあかん!!」

イッセンは叫ぶ。

「何でもいい、誰でもいい!力を貸しいや。シャルル!!」


「お前に、悪役は似合わんぞジュンシー!」


「な」

イッセンはその目を見開いた。

見ればクジョーがそこで笑っていた。

昔と何一つ変わらない。

それはたった一人残された、大切な姉の笑みだった。

「ユ、ナ…?」

イッセンは首を振る。再び前を見たとき、そこにクジョーの姿は無い。シャルルは続けた。

「——後を頼む、だってさ。クジョーからの…伝言だ!」

シャルルは叫ぶ。

必死になって、イッセンの服を掴んだ。

震える声で、叫んだ。

「まだ全て無くしたわけじゃない!!アタシだって、オマエの、家族、…そうなん、だろ!?」

はっとイッセンはシャルルを見つめた。

「あ、アタシの事は、どうなってもいいのか…?!アタシは嫌だ。まだ、やりたいこと沢山あるんだ!オマエだってそうだろ!!」

「————」

ガキン

シャルルは大槌を構えた。その切っ先はイッセンを指していた。

唇は震え、涙を流して。それでもシャルルは真っすぐイッセンを見つめていた。

答えを、探していた。


「ずっと、憎み憎まれてちゃ、アタシ達はいつ武器を下ろせるんだ…?」



二人の視線が交差する。

イッセンは固唾を飲んだ。


目の前には瞳を揺らすシャルルがいた。

あれほど流暢に回っていた口が、今は固く閉ざされている。

「なあ、いつもみたいに、教えてくれよ。イッセン」

シャルルは問う。

イッセンは唇を噛み、自身の拳をかたく握りしめた。











ゴウンゴウン

昇降機、リフトは音を立てて一同を運んでいた。

上へ、上へと昇っていく。

そしてある地点でガコンと揺れ、停止した。

そのリフトは最上階頂上の床と一体となり、一同は突如外気の突風に煽られた。

辿り着いたそこは天井も壁もなかった。

風が吹いている。見えるのは辺り一面の夜闇。

天上に聳えるのは大きな丸い月。

そこは屋上庭園だった。

中央には石版の様な大きな柱があり、その下部には大きな窯があった。その窯にはいくつも管が床から伸び繋がっており、蒼い光を時折放ちながらドクドクと脈打っていた。

その大きな窯こそ、この地に流れるインフィニティフォースをIFエネルギーに変換する装置。この都市の心臓————<レガリア・コア>であった。

エリヤは風に髪を煽られながら口を開いた。

「ここが、最上階!レガリア・コアの間です!」







「…ルチア、来たんだね」

一同の前方。

そこにはグロウルとローズブレインが立っていた。

「待っていたよ新時代にあだなす反逆者達」

「ブレイン…」

夜風が冷たくシラヌイに吹き付ける。

目の前のローズブレインは凍えるような声色でシラヌイを歓迎した。

「ようこそレガリア・コアの窯へ。わかるかな、見るのは初めてだろう?この躍動!これがこの都市全土を動かす大地の生命、∞の力だ…。私はこの力でこの都市を"救済"するのだよ」

ローズブレインの言葉にシラヌイは目を細めた。何かを言おうとして、シラヌイは口を閉ざす。

その隣で、ルチアは一歩踏み出して言った。

「グロウル、今助けます」

ルチアがそう言った瞬間。

斬撃が爆風を伴ってルチアに襲い掛かった。

「え」

シラヌイは咄嗟にその斬撃を弾く。見れば、グロウルの長い翠色の髪は刃物のように鋭利に尖り、蒼く発光していた。

酷く冷たい表情でグロウルは自身の髪を操る。ぱさりと、帽子がずり落ちた。

ルチアは突如自身に振りかざされた凶刃に、驚愕したまま固まっていた。

彼女は静かに空を指さす。そこには大きな満月が佇んでいた。

ローズブレインは静かに告げた。

「惜しかったな、タイムリミットだ」

すると、その瞬間塔全体が振動した。

ゴゴゴと地響きがする。見れば、目の前の窯の蓋が重々しく開いていた。窯の中から蒼い光が溢れだす。

瞬間。その光が一瞬眩く閃光すると共に、蒼い霊波がドクンと窯を中心に発生した。

「————ッ!!」

一同はその波に圧され後ずさる。

その蒼い閃光は瞬く間に満月へと真っすぐ伸びていた。

「何を、したというのです!」

エリヤはローズブレインに問いかける。ローズブレインは窯の淵に腰掛けると小さく笑った。

「面白いものを見せてもらったよ。だがもう終わりだ。インフィニティフォースへの門は既に開かれた。あとはグロウルがコネクタとしての機能を果たすだけ。これがこの窯に落ち、覚醒し、私へ力を繋げれば計画は完遂する」

「ッさせません!」

「来ないでッ」

グロウルは叫ぶ。ルチアは踏み出した足を止めた。

「グロウル…?」

「もう遅いよ。ルチアは結局、私を裏切ったじゃないか」

「え…?」

「何度も、何度も叫んだよ。助けてって。でも、ルチアは応えてくれなかったよね」

「そ、れは」

「信じてたんだよ?ルチアは、違うかもしれないって。でもそうだった。結局、みんな一緒。だから今更どうしようと、無駄」

グロウルは濁った瞳でルチアを一瞥する。

そしてその手に持っていたものを見せつけた。それは可愛らしいトッピングのされたライトブルーのアイスクリームだった。

「ね、みて!」

にこり、可憐な笑みを浮かべる。そしてグロウルはそのアイスクリームを窯の中に放り捨てた。

「!」

アイスクリームは窯の蒼い光に触れた瞬間、音もなく融解され醜く歪みながら瞬く間にかき消えた。

グロウルを見る。先の優しい笑みはなく、背筋が冷えるような笑みを浮かべていた。が、すぐに瞳を輝かせる。

「あの時は、凄く楽しくて美味しかったよっ!

…でも今はどれも気持ちが悪い。味覚も知らない僕の舌には不快感しか残さない。

見るもの全てが輝いて見えてっ素晴らしいものに溢れてたんだ!

…でも今はどんよりして、曇り空だ。それも全部

———ルチアのせい<おかげ>だよねっ!」

ころころと移り変わる表情。それはネジの外れた人形のように不気味だった。

恐ろしくも感じる感情の暴走。制御の利かない、磁気の壊れた羅針盤のようにグロウルはぐるぐると表情を変えた。

「助けて欲しいとそう思った時は、いつも他の誰かを見てた!そうだよねえ~…僕みたいなジャンクより、偽物じゃない本物の血が通ったお友達のほうが!大事なんだよねえ!!」

「それは違うグロウル…!」

「あはっ、いいの!いいのいいの!慣れっこだもん。いつものこと、それに私には父さんがいる。父さんには私が、私には父さんが。それで十分!ふふ!」

楽し気にころころと笑うグロウル。その瞳は急速に凍てついた。

「だから、他のものは要らないよね…?」

ゴォ

硬質化したグロウルの髪が床を抉る。ローズブレインはやれやれと肩をすくめた。

「はは、まあいいだろう。そんなに最後に遊びたいというのなら好きにするといい。ああ、シラヌイはほどほどにな?」

ローズブレインがそう言った時、グロウルの体がゆらりと揺れた。

一同はそれぞれに武器を構える。

ルチアはその銃口を降ろしたままだった。シラヌイは刀を構え、声を上げた。

「やるしかない、いくぞ!」

虚ろな瞳でグロウルは呟く。

その顔は酷く疲れ切っていた。

「…何も変わらないし、変えられないんだ。さあ。おしまいにしよう、ルチア」





シラヌイは地面を蹴る。

そして素早くグロウルに接敵し刀を斬りつけた。が、グロウルはすぐさま髪を床に突き立て後方に移動し回避する。

「ルチア聞け!」

シラヌイの声にはっとルチアが顔を上げる。

「しっかりしろ!今は戦うしかない!死ぬぞ!」

「…せん」

ルチアは銃を降ろす。そしてその場に立ち尽くして叫んだ。

「私はっ!!傷ついている友達を、これ以上傷つけたくありません!!」

「———」

シラヌイの動きが止まる。その隙をグロウルは見逃さなかった。

「馬鹿だなあ」

蒼い斬撃がシラヌイの胸を再び抉る。赤い血が舞った。

「シラヌイ!」

「来るな」

ルチアは動けない。シラヌイは血を吐いて胸を抑えた。

シラヌイは一度瞼を閉じる。

そこへグロウルの蒼い斬撃が迫った。

(迷ってはいられない、か)

再び瞼を開く。

シラヌイはローズブレインを見つめて言った。

「ローズブレイン、俺はお前の知らないお前を知っている」

「——グロウル」

ぴたり、グロウルは静止する。

そしてシラヌイに振りかざしていた髪の刃をゆっくりと下げた。

少しの沈黙。

ローズブレインは窯の淵に腰掛けたまま目を細めて言った。

「私の何を知っていると?」

蒼い光を煌々と浴びながら、ローズブレインは口を開く。

その声色は達観しているようで、どこか寂し気だった。

「民は誰一人として私を理解しなかった。理解できるはずがない、神才と凡人とでは見える世界が違うのだから。解るだろう?だから君のそれは思い違いさ。君が誰だか知らないがこれが現実なのだよ」

「本当に、なにも覚えていないのか。俺の事を」

シラヌイとローズブレインの視線が交わる。ローズブレインは沈黙で答えた。

「お前が俺を知らない…。などど、それはあり得ない。”あり得るわけがない”んだ」

「何がいいたい」

ローズブレインはシラヌイの言葉を待っていた。彼自身それを理解していない、それは抗いがたい衝動だった。

シラヌイは求められるがままに口を開く。

「ブレイン。失踪した、No.00がどこにあるか教えてやろう」

「は……………………?」

思わず目を見開くグロウル。ローズブレインの眉がぴくりと動く。

「なんだそれは」

頭痛がした。

ローズブレインは顔を歪ませる。

「No.00…?グロウルの以前に、私が何か…?思い出せない、なんだ、なんなんだそれは」

ローズブレインは興奮して立ち上がった。

聞いてはいけない何か、しかしそれはずっとローズブレインの胸に蟠っていたものだった。

シラヌイは静かに続けた。


「No.00、都市の開発であり、ローズブレイン元帥の最高傑作にして最後の研究。人造人間<ヒューマノイド>…それはここにある


お前が俺を知らないはずが無い。なぜなら、俺がNo.00———この俺は、お前が造ったからだ!!」




時が止まる。

一同はそれぞれに驚愕していた。

ルチアは信じられないかのように言葉を溢す。

「…シラヌイが…”造られた”…」

はくはくと、グロウルが浅い息を繰り返す。そして引きつったように笑った。

「は、あは、え?シラヌイがオリジナル…?じゃあ、ぼくは」

「ぐ、ぁあああああ!!」

グロウルの言葉を遮りローズブレインが叫ぶ。頭を押さえうめいた。

「な、んだと。私が、造った…?お前を…?知らない。ぐ、あ。何だ、これは。知らないッ!!」

何かが脳内を暴れまわる。

激震する何かに、思わず瞼を閉じた。


「は、私は———————」










——あー、テステス。おはよう!いや初めましてだね!私はローズブレイン。君は?



それはいつかの、遠い記憶。

シラヌイは懐かしむように目を細め、告げた。

「俺は忘れない。俺が生まれた(目覚めた)日を」



——うん!そうだね、名前が必要だ。No.00なんて味気ない呼称じゃ困る。悪かった!そうだなあ…じゃあシラヌイ!君の名前はシラヌイだ!いいね?


——よし!そうしよう!嬉しいな。シラヌイ、君は今日から私の友達だ!よろしく、シラヌイ



靄のかかった記憶。

ローズブレインは鈍い痛みに頭を押さえ、次第に鮮明に見える知らない記憶に首を振った。

「なんだ、これは」



———やあ!聞いてくれよシラヌイ!この間の研究が認められたんだ!はは、私が天才だという事がまた一つ証明されてしまったな


———おいおーい!そこは一緒に笑ってくれ。いいかい?こういうウキウキした気持ち、それは"楽しい"というんだ!


———!!おい、まってくれ、今言葉を話したのかい!?あは、はははは!!ぁあ!!誰に言えばいい!?でも友は君しかいないんだよな。おい聞いてくれよシラヌイ!シラヌイが言葉を話したんだ!!私は会話できたんだよ!!


———今日は君と話ができた記念日だ!写真を撮ろう。君との思い出を残そう!



「なんだ、この記憶は。知らない、わからない。こんな暖かい記憶など私には」

「おはようブレイン」

「!」

ローズブレインは顔を上げる。

目の前には大切な何かが居た。

そこは白い部屋。擦り切れる日々の中の、ほんの少しの穏やかな時間。

責任、重圧。そして、期待。

しがらみ全てを忘れた、暖かい空間。

その中で、ローズブレインはころころと表情を変え笑っていた。

目の前の人形<ひとのかたちをしたもの>は何の表情を持たない。

それでも、ローズブレインは笑いかけていた。

「挨拶を覚えたのか!えらいぞ〜でもおしい!今は夜だ。空が暗くなった時の挨拶はこんばんはと言うんだ」

「こんばんはブレイン」

「そうだ!飲み込みがはやいなー!」

たどたどしい言葉をつづる友達。

ローズブレインは口元に手を当て考えるそぶりをすると、にっと笑った。

「シラヌイ、私の友。今日は、何から話そうか」









「——————」

はっとローズブレインは我に返る。

塔の頂上、屋上庭園では冷たい風が吹いていた。

風に髪を煽られながらシラヌイは叫んだ。

心の限り叫んだ。

「覚悟していた、お前を殺すと!その為にここまで来た!!」

拳を握りしめる。

幽かに表情を歪め、シラヌイは絞り出すように言った。

「———だが、できない。なんだって壊せるはずのこの体が、それを拒むんだ!…頼む。お前が本当にブレインなのならば応えてくれ。本当のお前を教えてくれ!!」

シラヌイは心をさらけ出す。

迷い、不安、苦しみ。

僅かに、金の瞳が揺れる。

その声に、ローズブレインは息を乱し頭を抑えた。今までの冷静な姿はもうない。余裕に満ちた笑みも失い、ローズブレインは声を荒げた。

「これは脳の深層に沈んでいたブレインの記憶…?シラヌイ、お前はブレイン(私)が作った友…?いや、知らない、こんな記憶を。エラー、エラーだ!こんな記憶私は知らない!だが!私の友だというのならば!!私の下へ来いシラヌイ!!共にこの都市を作り直そう。新たな歴史を!人々を救おう!!私のそばに来い、シラヌイ!!」

その言葉にグロウルは勢いよく振り向き、駆け寄った。

「ま、まってよ。僕がッ!私がいるじゃないか!ねえ!ブレイン!!」

「ともに未来を。争い無き未来を…!!そうだお前となら、よりよい世界を造れるそんな気がする。"他のものなどどうでもいい"!」

グロウルはローズブレインに縋りつく。

だがローズブレインはぐるぐると瞳を回し、錯乱した様子で笑った。その瞳にはグロウルを映していなかった。

「あれ、あれれ…?」

「ああ、お前(シラヌイ)が欲しい!!そうかそうだこれだ!私の衝動。求めていた何か!!私(ブレイン)の唯一無二の友なんだろう!?シラヌイ、傍に来い。お前を、私は求めていたのだ。共に、新しい世界に生きようじゃないか!」

一歩。ローズブレインは踏み出す。

「あうっ」

縋りつくグロウルを押しのけ、ローズブレインは恍惚とした笑みを浮かべて歩き出す。

シラヌイはじっとその様子を見つめていた。


ローズブレインは駆け寄ると、立ち尽くすシラヌイに手を伸ばした。

「ああ、シラヌイ。私の唯一の友。傍にいてくれ、また、昔のように———」

ローズブレインの手がシラヌイの頬に触れる。

その指先が頬に触れる寸前、シラヌイは静かに目を細め呟いた。

「…残念だ。ブレイン」

そうして、シラヌイはその胸に刀を突きたてた。

「———は」

「っはぁああ!!!」

ガキィン!!

耳をつんざく金属音。

ローズブレインの胸に突き立てたはずの刀身は、はじき返されていた。

呆然と目を丸くするローズブレイン。彼は後方に突き飛ばされ尻餅をついていた。

シラヌイの目の前には、アルバが立ちはだかっていた。

「アルバ…」

「おっと、それ以上おじいちゃんを混乱させてくれるなよ」

「何故、なぜ拒む。なんだこの苦しさは。何故だ、なぜだシラヌイ…私では、だめなのか、私は一体」

「ブレイン!冷静になれよ!お前はこの都市を救いたいんだろ!?月は上った!レガリア・コアは∞の力で満ちた!遊んでないで、さっさとグロウルを窯にぶちこめ!最後の鉄槌をくだしてやれや!!」

「…私は」

混乱するローズブレイン。アルバは舌打ちすると一同に向き直った。

シラヌイは暗んだ瞳で口を開いた。

「アルバ。どいてくれ」

「できないね」

「…アルバ!」

後方でエリヤが叫ぶ。その瞳は真剣だった。

「本気、なのですか」

「俺を説得させようとしても無駄だぜ」

「貴方が今!何をしているのかわかっているんですか…?ここで彼を止めなければこの都市は終わるんです!ブレインのつくる世界が…本当に正しいと思いますか!?」

はあ、とアルバはため息をつく。

そして歯を見せて笑って見せた。それがさも当然であるかのように。

「頭のネジを抜かれたって生きてりゃ笑える!傷つくことも、傷つけることも…なくなるんだ。それって最高じゃね?」

「ッ」

シラヌイは金色の瞳でアルバをカッと射貫く。そして声を荒げた。

「心無い人間など生を維持するだけの機械だ!”楽しい”という事を!俺に娯楽を教えてくれたのはお前だ!そのお前が心を否定するのか!!」

「やめろよ」

「のけ!アルバ!」

「ッうるせえってーの!!」

「そーれ」

喧噪の中に聞こえた気の抜けた声。

アルバははっと振り返る、シラヌイはアルバの視線の先を見る。

見れば、声の主グロウルは髪を操ってローズブレインを掴み上げていた。

そしてそのまま————レガリア・コアの窯の中に突き落とした。

「な」

呆然と落下するローズブレイン。

その時一同はスローモーションに時間が延滞するのを感じた。それぞれは驚愕にゆっくりと目を見開く。

そして彼は窯の中、ドボンと音をたてその蒼い光の中に沈んだ。

「———————」

光の中で彼の表情が歪んでゆく。ローズブレインは声のない叫びの中で手を伸ばした。

が、その手は空を掴みすぐさま醜く崩れ融けていった。

息をのむ。その凄惨な姿にアルバの額に汗が伝った。

「グロウル!お前…!」

グロウルは淀んだ瞳で目を細めて言った。

「ごちゃごちゃうるさいよ。ブレインは僕と一つになるんだ」

ドクン

その時レガリア・コアが脈打った。

下部に複数繋がった管が、活力を得て歓喜するように蒼い光を鼓動させた。

蒼い光がレガリア・コアを中心に膨張していく。

「な…これは…!?」

そのレガリア・コアの石板のような柱に、グロウルはそっと寄り添う。そして柱に髪を突き刺すとうっすらと微笑んだ。

「さあ、一緒に繋がろう。大丈夫だよ父さん。僕もすぐそっちにいくから」

塔全体が轟音を伴いながら振動する。

グロウルはその唇から歌を紡いだ。

脳髄を抉るような旋律。

グロウルの髪は蒼く発光し、弦の如く音を反響させた。

「レガリア・コアが変形する…!」

エリヤが叫ぶ。一同の視線の先。石板のような柱が崩れていく。それは窯と分裂するかのように中腹で折れていた。

折れた上部の柱は物質を歪ませながら肥大していく。

ボコリ、ボコリとそれは質量を増す。

それは一同の頭上、遠い空を昇ってゆく。

一同は空を見上げる。


それはまるで、月を覆うような巨大な蒼球————歪な繭が浮かんでいた。





一瞬の空白。

それをアルバは切り裂くようにして告げた。

「チェックメイトだぜ。そら、俺達の勝ちだ」



その瞬間。

光の波が一同を圧して、塔を中心に都市全土まで放たれた。




「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

はちきれんばかりに、グロウルは笑った。

「やったね父さん!さあ革命が完遂した!どう?∞の力を手に入れた気分は!!僕のおかげだよね?ほめてよ!!」

返事はない。

ローズブレインという存在は既に融解し、機能以外の全てを失っていた。

∞の力の海の前に耐えうるはずもないのだ。

機能のみを残した理由があるとするならば、既に人でなくなっていたからか。

それでも尚グロウルは問いかけた、その頬には蒼い亀裂が走っていたが彼は気づかない。グロウルはうっとりと天上の蒼い繭に両手を指し伸ばした。

「ぁは。恥ずかしがらなくていいよ、さっきの事は気にしてないから。僕は父さんを愛してるから!ほらっ、だからさっさと起きなよ!この力が欲しかったんでしょっもう寝ぼけた頭はシャッキリしたよねえ!?!?」

憤怒にも似た京楽。

制御の存在しない人形は蒼い繭に音を送る。

すると、一同の脳裏に声が響いた。

《―————―—宣告する》

無機質で

何の感情も持たない

機械じみた音声

それは繭の中に解けたローズブレインの、いや"彼に求められた機能"の声だった


《人間を剪定する終末兵器。善悪演算装置ZEXON。私はここに完成した。これより、救済を始める》



一同は黒い空を見上げる。

そこには”終わりの象徴”が現界していた。




(もう、お前はどこにもいないんだな)

シラヌイは空を見上げながら、体が冷え切っていくのを感じた。







←BACK NEXT→

0コメント

  • 1000 / 1000