21話 貫け、この拳限りなく


見上げる天上。

そこには月を覆う蒼い繭、ZEXONが浮かんでいた。

そしてその上空を幾度となく衝突する二つの光。

都市中の心が喰われゆく中で、ルチアは呆然と空を見上げていた。

体を吹き付ける、風は冷たかった。







アルバも

エリヤも

グロウルも

シラヌイも

皆戦ってる。どれだけ苦しくても。

何かを抱いて、戦ってる。

———なら、私は?


意識が霞む

視界は滲み、白くぼやけていく

(私、かっこわるいなあ)

諦念に飲まれ、曖昧になっていく世界。

そこに、声が聞こえた。



「選べ、ルチア=ロックハート」



その言葉に、ルチアの脳裏に懐かしい記憶がよぎった。



———ねえ母さん。私、立派な騎士になって。大切な人と、大切な人のいるこの都市を守ってみせるからね。

「誰しもが弱いものです。だからルチア、貴方も強くなれる」

「この都市を救ってやってくれ。未来は主らに託された!!」

「ふふ。それに、まだ、貴方がいるじゃないですか!」

「お前は既に答えを得ている———惚れたのさ、そのがむしゃらな真っすぐさに!」



「後悔は…したくありません」

それは、誰が言った言葉だったか。




「そうだ」

ルチアは立ち上がる。

「そう、だ」

固く握りしめた拳はそのままに、彼女は空を見つめた。涙に腫れた瞳で。

その表情に、迷いは無かった。










アルバは静かに拳を握り、ゆっくり、ゆっくりとそれは振りかざす。

「次目覚めればさ、新しい朝を迎えンだ。もう、頑張らなくて良いんだぜ!」

エリヤは自身の視界が滲んでいることに気が付かない。

その胸は、行き場のない怒りと、虚しさに支配されていた。

「お前は、不器用だな」

エリヤはそう言うと、弱弱しい力でアルバの胸を叩いた。


(これで、俺も、お前も最後だ)

(叶わないと解っていながら。都合のいい、夢を見る)

(それって、スッゲー、つらいよな)


アルバは、歯を見せて笑った。

———ごめんな、エリヤ!

そう小さく呟くと、アルバは拳を振り下ろした。


ごちん!

それは鈍い音。

突然訪れた衝撃、自身の頭に降りかかった頭突きにアルバは目を見開いた。

「いッたあ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

目の前で起こったことにエリヤは愕然とした。弾けるようにアルバは勢いよく振り返る。

そこにはルチアが額を抑えて立っていた。

「な…にすんだよこの石頭!!!」

「誰がトサカ頭ですか!」

「ンなこと言って…」

はっとアルバは眉を寄せる。ルチアは真っすぐにアルバを見つめたまま続けた。

「諦めていいんですか」

「…」

アルバを唇を噛んだ。

「簡単には変わらない。現実は変えられないんだよ」

「アルバが今までどんなことしてきたかなんて、私たちは知らない。でも。変われないだなんて誰が決めたんです」

返答はない。アルバは表情に影を差したままだ。ルチアは続ける。

「まだ。私が居ます」

「な…」

ふわり、ルチアはほほ笑んだ。

(なんて、顔すんだ。お前は)

それは不安に満ちた顔。けれど恐れはない。

迷いもない。

ルチアは等身大の笑顔で、ぎこちなく笑っていた。

「自分が諦めなければいい。ゼロなんて…っないんだ!!!」

ルチアはそう叫ぶと腰に下げた銃を解体した。

ガシャン

それは鉄塊となって足元に落ちる。

「お、おい、どういうつもり…」

「今からシラヌイとグロウルを止めに行きます」


その時、空から二つの光が落下した。

「!」

一同は屋上庭園を激震させた落下地点を見る。

塔の屋上庭園、その床に亀裂が走る。その中央には肩で息をするシラヌイとグロウルが居た。

「グロウル…!」

アルバの眉間にしわが寄る。拳を握りしめた。その口は何かを発しようとして、閉ざされる。

「大丈夫です。アルバ」

「は…?」

戦闘が再開される。凄まじい光の衝撃波。近づくこともままならないだろう事を肌で感じた。

ルチアはその方を向く。爆風に髪が煽られていた。

アルバはまさか、と目を丸くする。

「馬鹿…、おい、やめろ!今のあいつらはリミッターが外れて暴走状態だ!わかるだろ!?あそこにあるのは戦争だ!あン中に飛び込むなんて、自殺行為だ!!もうお前は死ななくて済むんだ!やめろ馬鹿な真似は———」

蒼い光に照らされたルチアの表情。そこには恐れは無かった。

アルバは言葉を止めた。

「ええ、解っています。私じゃ、敵わない事は。勝てはしないことも」

「ルチア…」

「シラヌイはずっと私を守ってくれましたね。だったらあの人の事は誰が守るのですか?———私だ、それは私なんだ」

ルチアは静かに瞼を閉じ、胸に手をそえる。

その心臓は確かに鼓動を刻んでいた。

カッと、その目が開かれた。

「笑われたって良い、弱い私。それでも、あの人は強くなれると言ってくれた!がむしゃらでもいい!できないことなんてないと言ってくれた!私はその言葉を信じている!だから私は戦います!!」


ごくりと、固唾を飲んだ。

確固とした意志を感じる声色に、アルバは目を細める。

「お前は、どうして、そこまで…。お前は”俺側”の人間だ。弱者だ。解っているのに、どうして」

「私は、今ここに生きている」

「な」

ルチアは毅然とアルバを見つめていた。

言葉が、その胸に叩きつけられた。


「走って転んでも、その手を掴んでくれる人がいる」

「思い出した!!ならばもはや前進あるのみ!」

「自分の理想で選んだ未来ならば後悔はない!」

「希望が無いなら私が作る!小さな奇跡をッ!!」



「道は、前にしか———続かないんですから!!」



息も忘れ、呆然と立ち尽くすアルバ。

ルチアは歯を見せて笑った。

「じゃ、いってきます!やばいときは助けにきてくださいね!」

ルチアは駆けだす。

そうして、目の前の脅威の中に飛び込んでいった。




「あ、いつ。武器も、持たずに」

「やれやれ、若いですね」

エリヤはへらりと、力なく笑った。

「…武器は、彼女には必要ないのです」

「は…?」

「彼女は彼らを止めるために、盛大な兄弟げんかを仲裁しに行っただけですから!」

「…なんだよ、それ」

アルバは繰り広げられる攻防を視線で追う。

光の剣線。爆風に煌めく、あいつの涙。

(叶うなら、あいつの涙も拭ってやりたいと)

「こんなの、滅茶苦茶じゃねえかよ…」

舌打ちをする。

だが不思議と、駆けだしたその背から目が離せなかった。


(ルチア、お前なら、それができるのか…?)








「———ッはあああああああ!!!」

飛び込んできたルチアに両者は目を丸くする。二人のいるその場所だけ、夜だというのに蒼い光が眩しかった。

シラヌイの刀とグロウルの髪が蒼い火花を散らしていた。

ルチアは爆風に足を踏ん張った。

(体が、ふきとび、そう。それでもっ!!)

「約束した!貴方を必ず守ると!」

「…な」

その声に、グロウルは目を見開く。

ぞわりと、グロウルの中を何かが走った。グロウルは首を振り、その何かをかき消す。

そしてぐっと唇を噛みしめ叫んだ。

「今更でてきてっ!!勝手なことを!武器も持たずッ!殺されたいのか!!」

グロウルはシラヌイを抑えたまま、ルチアを睨み叫ぶ。ルチアは動じなかった。

「グロウル…一緒に、過ごした。時間は短かったよね。それでも、一緒に笑って、楽しいねって。楽しかった!それは”本物”だ!”偽物”なんかじゃない!!」

「な」


叫び。

それは心からの叫び。

ルチアは止まらなかった。

「グロウルは言った、何にもなれないと。そんなことはないッ!!貴方はグロウル=トゥーフェイス、この世界でたった一人のひと。私の大事な友達!その人を!迎えに来たッ!伝えに来たッ!!!独りきりじゃ、ないんだって!!」

「————」(やめて)

「この手は武器を持つためなんかじゃない、その手を取るためにある!!だから、グロウル。この手をとってッ!!」

「————」(やめてよ)

「今よりずっと、沢山、た———っくさん!笑わせてあげるから。他でもないッ。このルチア=ロックハートがぁ!!」

ルチアは声の限り叫び、唾ぜりあう両者の腕を掴んだ。

「な…」「!」

「ッぅうう!!」

痛みが両手に走る。しかしルチアは二人の腕を離さなかった。

掌が焼ける匂いがした。

———だと、しても

「誰も失わない。必ず守るとこの胸に誓ったッ!!シラヌイも、グロウルも!!私の大切な」

「やめて、よ」

わなわなとグロウルの唇が震える。

ルチアは力の限り叫んだ。

「ッ友達なんだあああああああああッ!!!!」

ドッと、衝撃が生まれる。見れば、両者の唾ぜりあう刃は弾かれるように引きはがされていた。シラヌイとグロウル。両者はその瞬間、反射的に地面を蹴り距離を取った。

ゆらり、グロウルの体が揺れる。ゆったりとした動きで、彼はルチアに向き直った。

その目は抑えられない激情に染まり、轟轟と燃えていた。

「…壊してやる。オリジナルは後だ、まずお前を壊してやる…ッ!!その笑顔なんてもう見たくないッ!」

「グロウル」

「いらないッ、楽しかった記憶なんて要らないッ!!消えろ、僕の頭の中からッ!」


声が、震えていた。

その目は涙に溺れていた。

「苦しいのは、もう、嫌」

そうして、グロウルの髪は逆立ちひと際蒼く発光した。

「皆、僕の前から消えろ


<スクリーム・エクス・マキナ>————————————!!!!」







キン


世界から音が消える。

瞬間、空も裂くほどの音刃が発生した。

が、ルチアは床を蹴り、一直線に駆けた。

目前に迫る凶刃<絶望>に駆けた。

そして、手を伸ばした。



——届け



————届け



———————届け!




「届けええええええええええええええええええええ!!!!!」




白く染まる視界にアルバの叫び声が聞こえた。

「ルチア―————―—!!!!!」























白い世界。

グロウルは自身の足元を見る、そこに影はない。

どれだけ叫んでも、声は響かない。

見えるものはいずれ来る終わりだけ。

ならば、その使命を果たせればいいと。

生まれた意味を叶えればいいと。

そう

(思っていたのに)



変えられない終わりに目を逸らすように、日々を無駄使いしたのは何故?



頬に何かが伝う。

その時、自身の手が何かに触れた。

それは誰かの手。

白い手は誰かの手に掴まれ、その先へ引き寄せられた。














「はぁっ、はぁっ」

「————」

「つかまえ、た」

グロウルは目を見開く。開けた視界。その視界いっぱいに、ルチアの笑顔があった。


思わず息をのむ。

(だめ)

抑えきれなかった。

(だめ)

抑えきれるはずも、ない。

その感情は、暖かさに解け、溢れて行った。

「きらい、きらいなんだ」


「ルチアなんか。ルチアは———僕がきらいなんだ!!!こんな、僕じゃ。だめ。なのに。やめて、よ。はなして、よ……!!!」

ぼろり、溺れるほどに大粒の涙が零れる。

ルチアは優しく微笑みながら、その涙を拭った。

「誰がいつキライといったの」

「僕は、どっちでもないし、ジャンク、悪い子、だから、だからあ!!」

「私も、目の前が真っ白になって、貴方を傷つけたよ。だから…お相子」

「おこら、ないの?おこってよ!!」

グロウルはとめどなく涙を流しながら怒り、悲しみ、狼狽えた。

「いいえ。怒るもんですか!理由がないもの」

「!」

グロウルの両手は、ルチアの両手に包まれていた。

ルチアはその手をぎゅっと握りしめる。

その手は、暖かかった。

「私はグロウルと仲直りできれば、それでいい。貴方の隣に立たせてくれればそれでいい!こんな私を許して」

「ずるいよ、そんな、こと、いって」

「ごめんね。私、その為に、ここまで来たから」

「え?」

「都市郊外の、海を見渡せる灯台。行きたいって、言ってたよね」

「覚えて、たの…」

「忘れないよ、はじめて自分から行きたいっていってくれた場所だもん」

「…う」

「だから、行こう。”一緒に”地平線を見に行こう。ね…仲直り、してくれる?」

グロウルは唇を噛んだ。

彼女の中で何かがぼろぼろと崩れていく。

しかしそれは、不思議と———心地よかった。


「う———―—ぁ

ああああ…うあああああああああんっ!!!!!!」


気づくと、グロウルはしゃくりあげながら泣き叫んでいた。

声がかれるほどに。

「うん、…っうん!!!ルチア、ごめん、ごめんね…!!」

ルチアはそっとグロウルの額に自身の額を合わせる。滲む視界に自身もその瞼を閉じた。

「ううん、私も、ごめんね」





アルバは息をのんだ。

「まじかよ、アイツ。成し遂げやがったぞ。素手で」

グロウルが放った音刃は屋上庭園を半壊させていた。

が、ルチアはそこに居る。グロウルの手を取って。

唖然と見つめるアルバに、エリヤは静かに呟いた。

「彼女は果たした。お前は、どうする?」

「…!」

ゆらり、視界の端で影が動く。

シラヌイはゆっくりと体を起こしていた。そして焦点の定まっていない瞳で、寄り添いあう二人を見る。

キン、とシラヌイの刀が鳴った。


「…今更、どうしろってんだよ」

「私の言葉を、覚えていてくれたな」

「ああ」

アルバはエリヤを見る。その瞳は真剣だった。

「出来ることをしたい。私が戦う理由はそこにあると」

「…ああ」

ふっと、エリヤは微笑を浮かべる。にっこりと、それは見慣れた笑みだった。

「無理に大きなことをしようとしなくたっていいんじゃないか?私には私の、お前にはお前の出来ることをすれば!それは、この世界でアルバにしか出来ないことだろう?」



絞り出すようにアルバは問う。

「都合のいい、俺で、いいのか」


「ああ」

「都合のいい、夢を見ても、いいのか」

「ああ」

「また、俺はお前を裏切るかもしれない」

「ああ」

「それでも、いいっていうのかッ!」


「ははっ、上等だ!夢を見るというのは生きること。明日への希望、悲しみを…乗り越える力。私がお前を許してやるさ、何度でも、何度だって!だから自由に夢を見なさい!諦める必要は、もうない」

ぐっと自身の拳を握りしめる。アルバは真っすぐにエリヤを見つめた。

その先の言葉を、待つように。

エリヤは告げる。

「だって先には、可能性しかないんだからっ!」

「―——―—ありがとうエリヤ。その言葉が!聞きたかったッ!!!」

ガッキィィン!!

激しく鳴る金属音。

いつの間にか、瞬間的にルチア達に迫っていたシラヌイの刀。それはエリヤの銃口によって軌道がそれる。

それと同時にアルバは床を蹴り、シラヌイの目前に接敵していた。

シラヌイは刹那的な速さで逸れた軌道を修正する。そしてそのまま振り下ろし

「ッせるかああああ!!」

アルバのナックルとシラヌイの刀身がぶつかった。


「「アルバ!?」」

グロウルとルチアが顔を上げる。アルバは二人を庇うようにしてその凶刃を抑えていた。

「あっ、つっっっっ!!!いってえ~~~~~!!!!なんだこの剣の重さ!尋常じゃねえぞ!?!!」

「アルバ!ナイスタイミングです!助けに来てくれると思ってました!」

「あ”あ!?……ッぁぁあいいから早くどっかいけ!もうもたんッ!」

ドガン!

抑えきれず、アルバはその刀身を流す。シラヌイの刀は床を斬り裂き、亀裂を走らせた。

あわててルチアはグロウルと共に回避する。

少し遅れてアルバも間合いを開けた。

ルチアはアルバの腕を見る。シラヌイの一撃を防いだその腕は青くなっていた。

「アルバその腕…!」

「なんでもねーよ、ちょっと数本持ってかれただけ」

「それって!」

「気にすんじゃねえよ」

「アルバ…」

ふらり、足元が覚束ないグロウルがアルバを不安げに見つめる。

「は、こんな痛み。今は不思議と、さっきよりもずっと———なんともねえ!!」

アルバはふっと鼻で笑うと、その頭を撫でまわした。

アルバの破顔した豪快な笑みに、ルチアは眉を下げて笑い返した。

「話したい事は山ほどあるが、今はあいつを何とかしてやろうや。今は、お前が無事。それだけで十分だ」

ぐっとグロウルは唇を噛みしめる。頭に置かれた掌はとても大きかった。

アルバはグロウルを見つめる。グロウルもまた、凛と見つめ返した。

「できるな?グロウル」

「うん」

一同はシラヌイを見る。

そこには煌々と瞳を光らしているシラヌイが蜃気楼のように立っている。

目に映るもの全て破壊せんとする波動。それは今もなお地面を抉り大気を震わせている。

彼から放たれる気迫だけで身は竦みそうなほど、それは強大だった。

ルチアは固唾を飲む。そしてグロウルに問うた。

「シラヌイを、元に戻せるの?」

「わからない、でも」

「やれるだけ、やってみようや」

「…そういう、ことみたい」

グロウルはルチアをみた。彼女は真っすぐに見つめ返してくる。

グロウルは目を細めると静かに頷いた。

(そうだね、みんなが、いるから)

(恐れることなんて、ないんだね)

胸の靄は晴れた。グロウルは毅然とシラヌイを見つめた。

「わかった。やってみる。今、シラヌイには隙がない。でも、1分…いや、1秒だけでいい!隙をつくってくれたらもう一度周波数を流せる!彼を元に戻してみせる!!」

「ありがとう。ではアルバ!」

「はあーあ。ったく人使いが荒いぜ…やってやろうじゃねえかよ!!」

ルチアは拳を突きだす。アルバは鼻を鳴らすとその拳に自身の拳をぶつけた。

「エリヤ!そういうわけだ、空きっぱのレガリア・コアの方は任せたぜ!」

「ええ、任されました!!」

「ッしゃあ。じゃあ行くとしますか。俺のグレートファングちゃんの力見せてやるぜ」

「はい」

アルバとルチアの視線が交わる。ルチアは真っすぐにその目を見つめ返し、不敵に笑った。

ガキン!二人は拳を鳴らす。

ルチアはシラヌイに向き直ると拳を構え、力強く叫んだ。

「シラヌイ、必ず貴方を取り戻す。勇気を教えてくれた…その思いに応えてみせるッ!


———この、拳で!ルチア=ロックハート!!参りますッ!!!!」





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